『翔んで埼玉』の世界はこうして作られた! 美術・あべ木陽次氏の秘話

『翔んで埼玉』の世界はこうして作られた! 美術・あべ木陽次氏の秘話

『パタリロ!』の作者でもある魔夜峰央氏の人気漫画を、『テルマエ・ロマエ』シリーズの武内英樹監督が実写映画化し、昨年公開された『翔んで埼玉』。埼玉県民が東京都民から虐げられている架空の世界を舞台にした本作は、口コミで火が付きロングランヒットを記録した。

【写真】埼玉県知事表敬訪問を行った二階堂ふみ

さらに第43回日本アカデミー賞では優秀作品賞を含む最多となる12部門で優秀賞、監督賞・脚本賞・編集賞の3部門で最優秀賞を受賞! そんな『翔んで埼玉』の主演・二階堂ふみ、GACKTらの振り切った演技を支え、本作の世界観を作り出した美術担当のあべ木陽次氏にインタビュー。近年の映画では『マスカレード・ホテル』『コンフィデンスマンJP』『記憶にございません!』なども手掛けているあべ木氏に、『翔んで埼玉』がどのように作られたのか聞いた。

■このなんとも言えない世界観をどうやってビジュアルに

――日本アカデミー賞優秀美術賞受賞、おめでとうございます。

正直、連絡を受けたときは、「え!!」って感じでした(笑)。まったく想像していなかったので。作品を観ていただけただけでも奇跡というか。原作のコアなファンと怖いもの見たさで埼玉県の方々が観てくれる作品だと思っていたんです。「まさか賞の対象になるなんて!」という感じです(笑)。

――最初に、実写映画化するので美術をやってほしいと言われたときの印象を教えてください。

まず魔夜先生の原作を読ませていただきました。ちょっと昔の感じや少女漫画っぽさ、いい意味でのチープな感じを受け取りましたが、このなんとも言えない格差社会の世界観をどうやってビジュアルにしたらいいんだろうと思いました。どういうつもりで企画したんだろうと(笑)。

――過去にあべ木さんが担当された『暗殺教室』もコミック原作ものですね。

『暗殺教室』の場合は、原作に答えがあるものを映画用にアレンジしやすかったのですが、『翔んで埼玉』の場合は映像で目指すのは難しいんじゃないかと感じました。漫画そのものの世界観は分かるんですけど、ビジュアルの世界観がなかなかつかみづらくて。

■『翔んで埼玉』の世界観を決めたのは「教室」

――武内監督からはどんなことを求められたのでしょうか。

監督もまだ方向性に悩んでいたので、ともかくロケハンをすることにしました。そこで最初に学校の外観のロケハンをしたんです。「割といい雰囲気だね」なんて話をして、中に入ったら、結構いいけどちょっと弱いかなと、監督が、「外観はありだけど、中はやっぱり違う」と。「もっとキラキラしたものとか、ゴージャスなものにしたい」とおっしゃって。そこから、ロケハンの方向性も変わっていきました。

――求めているのはリアルな建物ではないと。

お城のような現実離れしたもののほうがいいんだなと。それから色々探していくうちに、作品の世界観の基準になる場所を見つけました。序盤に登場する教室です。最初に想定していたものよりも4倍くらい大きくて、ここを教室にしたらゴージャスでぶっ飛んだ教室になるんじゃないかと。「ここならGACKTさんの衣装も浮かないよね」と、ひとつの基準が決まったんです。

■埼玉は縄文時代!? 監督の言葉に世界観が腑に落ちた

――あの教室が基準だったんですね。今作は本当に様々なシチュエーションが登場しますが、基準ができたとはいえ、決め込むのに大変だった場面はありますか?

最後まで決まらなかったのは、ゴージャスじゃないほうです。東京設定の豪華なほうはなんとか見せられるんですけど、逆にチープなほうをどこまでチープにしたらいいのか、「中途半端なチープさではダメだ」という監督のこだわりがあったので大変でしたね。関所の埼玉の風景は西部劇の荒野のように土が荒れ果てて地平線がみえたいとか。

――みすぼらしい場面も、ただマイナスにしていくのではなく、みすぼらしさを足した感じですよね。

呆れるくらいみすぼらしいほうがいいだろうと。「いや、今そんなのないでしょう」と突っ込みたくなるくらいの。監督が、この映画の振り切り方としては、「埼玉春日部の村は縄文式でいいよね」って言ったんですよ。「縄文式でいいよ」って。それを聞いて、「あ、そういうことなんだ」と腑に落ちました。片やベルサイユ宮殿で、もう一方は縄文式。もう時代も超えちゃってるから、怒る人もいないだろうと。

■東京と埼玉の真ん中の夢の町、池袋

――ベルサイユ宮殿と縄文式ですか(笑)。確かにそうでした。ほかに、ここは狙い通りいったと満足されているところを挙げるなら、どこのシーンの美術ですか?

池袋の屋上のところです。最初は屋上という設定ではなくて、池袋の街角といった設定だったんですけど、イメージとして屋上が浮かんだので、監督に「こんな感じはどうですか?」とTOBUとSEIBUとかの看板が見える屋上の絵を見せて、セットにしてもらったんです。

――あそこもとても印象的でした。

東京と埼玉の真ん中の、埼玉県民のあこがれる夢の町にしたかったんです。

■まさか、ここまでブームになるとは

――『翔んで埼玉』を振り返ってみて、美術担当として、ほかの作品とは違ったユニークなところはどこでしたか?

最初はちょっとリアルなチープ感じも考えていたんです。実際の埼玉の景色を調べたりして。でも基準が決まってからは、リアルではなくて作られた世界にしようと。リアル感がまったくないというのが、特徴でしょうね。

――だからこそ受けたのだと思います。リアルな埼玉ではなく、あくまでもイメージとしての埼玉を描いた。実際に、埼玉の方たちにすごく受けましたよね。

そうなんですよね。そこが全然読めなかったんです。リアル感ゼロの世界観が伝わらないかと心配もありました。実際にお客さんに観てもらうまではどんな反応が来るのか全然わからなかったです。一定じゃないシチュエーションのなかを、主人公のふたりが移動していく。それが面白く見えたらいいんだけどと。

――ここまでブームになるとは。

全く思ってなかったです。

■リアル感を大切にする美術。今回は真逆だった

――映画やドラマは総合芸術ですが、美術としての心得、仕事に向かう際に大切にされていることを教えてください。

仕事に向かうときに思うのは、美術は監督や撮影監督と全体を調整する係だということです。監督のビジョンを聞いて、カメラや照明といったスタッフの考え、自分の考えを加えて、「こういう世界観ですか」と絵や図面で示す。

――作品の共通認識を明示するわけですね。

今回は特にやってみないと分からない作品だったので、それが大切だったと思います。美術という仕事でいうと、普通はセットだと気づかれないほうがいいんですよ。「あれ、セットだったんだ!」と驚いてもらえると嬉しい。普段はそこを大切にしています。それが今回は真逆で、作り物ですというところが売りなんですよね。たとえば『マスカレード・ホテル』なんかは、リアルに豪華なホテルに見えなきゃいけないという任務がある。『記憶にございません!』はファンタジーですが、でもこういう建物もあるかもと見せたい。

――作品ごとに、監督が目指す世界観をキャッチして、その世界に観客を自然に誘っていくわけですね。

そうです。ただ、今回は美術がちょっと前に出る必要があった。すごく楽しかったんですけど、普段大切にしているところとはまた違う、この物語は都市伝説で現実ではないですよと主張するための美術なので新しい挑戦でした。

■プロフィール

あべ木陽次(美術監督)

1965年生まれ。1991年フジテレビジョン入社。現在、フジテレビ美術制作センター・チーフゼネラルデザイナー。『ホンマでっか!?TV』(09年10月~)、ニュース番組『Live News it!』(19年4月~)、ドラマ『貴族探偵』(17年、フジテレビ系)や映画『暗殺教室』(15年)、『暗殺教室 卒業編』(16年)、『本能寺ホテル』(17年)、『マスカレード・ホテル』(19年)、『コンフィデンスマンJP ロマンス編』(19年)、『記憶にございません!』(19年)など、ドラマ・映画からバラエティー・ニュース番組まで幅広いジャンルの美術演出を担当している。

(C)2019映画「翔んで埼玉」製作委員会 望月ふみ