貧しかった少年時代のノムさん 「試合では後輩にユニフォームを借りて行った」

引用元:中日スポーツ
貧しかった少年時代のノムさん 「試合では後輩にユニフォームを借りて行った」

 女優黒柳徹子(86)が司会を務めるテレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜午後0時)が12日放送され、11日に虚血性心不全により84歳で亡くなった元プロ野球監督の野村克也さんが出演した。テレ朝は野村さんの訃報を受け、放送内容を野村さんの追悼回に差し替えると11日に発表していた。

【写真】思い入れのある背番号で…

 同回は野村さんが亡くなる22日前の1月20日に収録され、野村さんと息子の克則さん(46)が出演したが、まだ放送されていなかった。

 貧しかった少年時代を振り返った野村さん。「3歳の時にオヤジを亡くした。母子家庭なんですよ。だから男の弱さを見ている。(父は)戦争で死んだ。まったく覚えていない。2歳で戦争に行って3歳で死んでいる。イメージがわいてこない」と幼いころに父親を亡くし苦労したという。「母親の苦労している姿ばかり見て育ったので、どうしても母親を楽にさせてやりたいという思いでプロ野球に入った。半端じゃない貧困家庭でした」と説明。

 「貧乏が嫌で嫌で最初は歌手を目指した。美空ひばりさんがひとつ(年)下で『よし、おれも歌手になろう』と一生懸命音楽をやったんですけどダメでした。その次に俳優。でも鏡に映る自分の顔を見てダメだなと」と断念。

 野球をするにしてもユニフォームやミットなど道具が必要で、母親に買ってくれと言えなかった。「ずっと野球部にいたがユニフォームがなかった。試合に行くときは後輩にユニフォームを借りて行っていた。野球をやるような環境じゃなかったので、母親に随分反対された」と振り返った。