『この世界の片隅に』すずはなぜ愛されるのか 現代人の「かけがえのない存在」

引用元:マグミクス
『この世界の片隅に』すずはなぜ愛されるのか 現代人の「かけがえのない存在」

 2016年公開の劇場アニメ『この世界の片隅に』は、単館系での公開ながら口コミで話題が広まり、は興行収入27億円もの大ヒットを記録しました。2019年12月20日からは、新たに250カットが加わった『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の上映がスタートし、さらに注目を集めています。

【画像】おっとりした魅力の「すず」と遊郭で暮らす「リン」(10枚)

 すでにDVD化され、NHK総合でもTV放映されている片渕須直監督の『この世界の片隅に』ですが、上映時間が2時間49分となった『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、観た人に新しい感動を与える作品となっています。

 戦時中の広島市と呉市を舞台にした平凡な女の子・すずの物語は、なぜ現代人の心を強くとらえているのでしょうか? その理由のひとつに、絵を描くこと以外は何の取り柄のない主人公・すず(CV:のん)が、自分の居場所を懸命に探し続けるという物語性が挙げられます。

 広島市で生まれ育ったすずは、誰も知り合いのいない呉市へと18歳で嫁入りします。夫となる周作(CV:細谷佳正)のことも、すずはよく知りません。戦時中のために物資不足で、すずは少ないお米を増量しようと工夫したり、着物をモンペに仕立て直したりと、せっせと家事に勤しみます。失敗を重ねながらも、すずが嫁入り先の北条家に溶け込み、自分の居場所を少しずつ築いていく様子が、とてもユーモラスに描かれています。

 職場や学校などで自分の居場所をキープすることに神経をすり減らす現代人には、マイペースな天然キャラぶりで周囲を和ませるすずは、とても魅力的に映るのではないでしょうか。戦時下なら、なおさらかけがえのない存在だったに違いありません。 『この世界の片隅に』すずはなぜ愛されるのか 現代人の「かけがえのない存在」 それぞれの世界で生きる女性たち (C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

すずとリン、女同士の不思議な友情

 多くの人に愛されている劇場アニメ『この世界の片隅に』が、さらに長尺となった『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』では、遊郭に勤める白木リン(CV:岩井七世)の登場パートが大幅に増えています。リンと周作との間にかつて大人の関係があったことを、すずは知ってしまいます。周作をめぐるリンとすずとの関係性が、物語の新しい軸となっています。このことから、すでに『この世界の片隅に』を観ている人も、ずいぶんと異なる印象を受けるはずです。

 新しく加わったシーンの中でより印象的なのが、リンとすずが花見を楽しむ場面です。リンは高い所に登るのが得意で、着物姿ながら桜の木に上がり、木の上からこの世界を眺めます。実はリンは幼い頃に、すずとはすずの祖母の家で逢っていました。そのときのリンは天井裏に潜んでおり、すずが持ってきたスイカを天井裏から降りておいしく食べています。

 すずも、リンも、お互いに相手がそのときの女の子だったことには気付いていません。でも、北条家に嫁入りしたすず、遊郭に売られたリン、世界の片隅でそれぞれ懸命に生きてきたふたりの女性の心が満開の桜の木の上で触れ合うことになるのです。とても美しく、そして儚いシーンとなっています。