宮川花子、多発性骨髄腫を公表 NGKの舞台へ復帰誓う「感謝の涙を流したい」

引用元:オリコン

 漫才師の宮川花子(65)が11日、夫で相方の宮川大助(70)とともに大阪市内で会見し、多発性骨髄腫のため闘病中であることを公表した。

【写真】微笑ましい…仲良しオーラ全開の宮川花子&宮川大助

 車椅子に乗り、大助と天野逸人医師とともに登場した花子は「今回、復帰会見となってますが、復帰の目処はまだ経ってません、退院の日にちも決まってません」と話し、このタイミングで会見を行った理由として、ある程度病気の回復の目処が立ったためと説明。

 昭和から平成のタイミングで胃がん、平成から令和でまたガンで入院することになってしまったと話した花子は、「あきらめずに治療して、一日でも命を大切に伸ばしていってもらいたいとこの会見に臨みました」と強調。そして病院の外に出ること、車に乗ること、難波に来ることも半年ぶりと明かした。

 天野氏からは、6月の入院時にはかなり深刻な状態だったものの、今回の多発性骨髄腫には化学療法の効果が非常にあったと説明。当初は足が全く動かず、神経が戻るかも不安視されたが、みるみる神経が戻り、今は両足とも自分で動かせる状態まで回復しているという。「多発性骨髄腫では一番いい状態まで回復している、ただ筋力は低下しているので、まだまだリハビリは続けないといけない状態」と解説した。

 大助はここまでの道のりを振り返り、素人の考えで対処していたと反省の言葉をこぼした。毎日、花子のマッサージをしていたものの、悪いところがわからず、6月に病院に行った際に「下半身不随は覚悟しておいて」と告げられたと告白。余命6ヶ月(会見後半で大助の勘違いだったことが判明)と聞いたときには「漫才がどうこうより、どうやって余命を伸ばそうとそればかり考えていた」と思い返していた。

 そして「今は復帰に向けてのリハビリで、ベッドから立ったり座ったり、日に日によくなってる」と笑顔。「お医者さんもそうですが、全国のいろんなところからいい思いを送ってもらってます、そういう思いがみんな(花子の)体に入ってる」と話し、「余命6ヶ月、それからここに座ってます、イッツショータイムと僕は言いました…」と声をつまらせた。

 それを見た花子は「泣いたらあかん、私は病院に入ったときから泣いたらあかんと思ってた。自分が泣くときは、NGK(なんばグランド花月)の舞台に立ったとき、感謝の涙を流したい」と力強く復帰を誓っていた。