市原隼人「目の前にいるお客様に最高の楽しさを直接届けたい」

引用元:TOKYO HEADLINE WEB
市原隼人「目の前にいるお客様に最高の楽しさを直接届けたい」

 1人の女性の頭の中で擬人化された5つの思考が“脳内会議”を繰り広げる舞台『脳内ポイズンベリー』。本作は水城せとな原作のラブコメディで、“脳内会議”の議長役・吉田を主演の市原隼人が務める。また、演出には2015年の映画版で監督を務めた佐藤祐市が就任し、市原とは2004年に放送されたドラマ『WATER BOYS2』以来の顔合わせとなった。果たしてこの16年振りとなる再タッグで、一体どんな化学反応が起きるのか――。舞台開幕直前、その意気込みを市原に尋ねた。

「女性が恋している時ってこんな複雑なんだというのを感じています」

――まもなく舞台が上演となりますが、今のお気持ちをお聞かせください。

すごく楽しみです。ちょうど今からセットを組んだ状態で通し稽古を行うのですが、本作では恋をしている女性が生きる現実の世界と、その彼女の脳内の様子を同時に見せているんですね。2つの世界を同じ空間の中で展開していくのって映像では難しいし、舞台だからこそ成立する見せ方だと感じています。観に来てくださるお客様も今まで味わったことのない楽しさを体感できる舞台になると思うので、自分でもワクワクしています。

――さらにそこにお客様が入ると俳優さんから出る熱量も一気に変わってきますよね。

はい、もちろん。「見てくれている人がいる!」と感じるとこっちにもいろんなものが乗っかってくるんですよ(笑)。今の段階ではコメディ色を前面に出した演出にしているんですが、お客様の反応次第ではもう少し笑いの要素をそぎ落とそうかなとも考えています。本当はコメディだからたくさん笑っていただきたいけど、やりすぎるとこっちの押しつけになってしまうし…。だからそのさじ加減は、お客様との駆け引きみたいなものだと思っています。

――舞台はお客様が一緒にいて成り立つエンターテイメントだと。

もうどう考えても100%そうですよね。おっしゃたように目の前にいるお客様と一緒に作り上げていくのが舞台であり、その瞬間を全力で味わえるのが役者の醍醐味。そもそも何のために役者が存在するのかといったら、それはお客様に楽しんでもらうためだからです。そんなふうに役者として生きる意味も学ばせてもらえる場所であることも、僕が舞台を愛する理由の1つ。個人的に演劇は日常の中でもっと当たり前に楽しめるカルチャーになってほしい。20代前半の頃に突然、「ブロードウェイ・ミュージカルが観たい!」と思い立ち、その3日後にニューヨークで観た舞台の感動が今でも忘れられないんです。僕にとってそれは夢みたいな時間だったのに、周りに座っている人は生活の一部のような感覚だったらしくて。でもそんな日常って素敵だなと思うし、自分も舞台に立って誰かを喜ばせたいという気持ちになりました。

――本作の稽古を重ねて得た新たな“気づき”は?

女性が恋している時ってこんな複雑なんだというのを感じています。僕が演じる吉田は、ヒロイン・いちこの脳内にいる議長という役どころなんですが、とにかく優柔不断で決められない。ネガティブ思考もあれば、ポジティブ思考もあって、過去のいろんな恋愛の経験も踏まえた上でそこからまたどうしようか考えだす。一歩前に進んだと思っても、それを乗り越えたらまた新しい壁が立ちはだかる。でも、そういうのもひっくるめて女性って一生懸命生きているんだなって。あと、やっぱり女性って自分の中で答えはもう出ているのに、最後の“後押し”が欲しくてあえて誰かに聞いているんだなと勉強になりました(笑)。

――カンパニーの雰囲気はいかがですか?

今回は、いろんなジャンルの方が集結した特殊な現場。でもそんな多ジャンルの人が集まるのって本当にすごいことだし、だからこそ舞台でやる意味があると考えています。

――本作で演出を担当された佐藤祐市監督とは、市原さんが2004年に主演を務めた『WATER BOYS2』以来、約16年振りのタッグとなりますね。

撮影当時、僕は16~17歳くらいで、この業界の右も左も分からないような時でした。佐藤監督といるとあの頃の記憶がすごく蘇るんですよ。『WATER BOYS2』の撮影は合宿から始まるのですが、電波も届かない場所で毎朝160本くらい泳いでからひらすらシンクロの練習の日々。毎日カレーを3杯お代わりしても足りないくらいでしたから(笑)。そして、撮影もクランクアップに近づくと寂しくて涙が止まらなくなるっていう。

――久しぶりの共演で佐藤監督のほうから何か言葉はかけられましたか?

「大人になったな、おまえ」と言われました。この時の僕の心情を例えるなら、親戚の叔父さんに久々に再会した感覚に近いと思います(笑)。でも佐藤監督は間違いなく僕の青春を作ってくれた方なので、舞台上では少しでも成長した姿を見せたいですね。

――先程、「演劇が日常の中でもっと当たり前のカルチャーになってほしい」とおっしゃっていましたが、それは今の状況下だからこそ感じていることなのでしょうか?

たしかにそれはあると思います。でも僕は以前からそう思っていたし、エンターテイメントの種類もどんどん増えていく中で、今は家庭内でも楽しめるものもたくさん増えてきていますが、それでも舞台や映画館といった特別な場所で体感できるエンターテイメントの素晴らしさを忘れてほしくないし、今後どんなことが起こっても人を楽しませる役者という職業だけはなくならないでほしい。そのためには役者という仕事をやり続けるしかないんです。お客さんが来てくださっても、いらっしゃらなくてもエンターテイメントとして成立させなきゃいけない。僕は今回の舞台で改めて初心に戻って、目の前にいるお客様に最高の楽しさを直接届けたいと思います。

『脳内ポイズンベリー』は、29日まで、新国立劇場 中劇場にて上演。

(取材と文・近藤加奈子)