グレート義太夫さん NHKホールに4000人集めコミックバンド【死ぬまでにやりたいこれだけのこと】

グレート義太夫さん NHKホールに4000人集めコミックバンド【死ぬまでにやりたいこれだけのこと】

【死ぬまでにやりたいこれだけのこと】

グレート義太夫さん(タレント・61歳)

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 たけし軍団の中ではデブキャラとギター演奏でおなじみのグレート義太夫さん。糖尿を患って25年。今も治療しながら、ギター漫談で近年は寄席芸人に。死ぬまでにやりたいことは、コミックバンドを結成し、あのホールでコンサート!?

 2015年の暮れから、楽器を使ってネタをやる芸人が多く所属するボーイズ・バラエティー協会に入ったんですよ。漫才協会とかいろいろある演芸の協会で一番力がない団体(笑い)。100人くらいいるのかなぁ。東京ボーイズさんが、リーダーが亡くなられて2人でやられてます。

■透析治療がない日は東洋館に

 ボーイズ・バラエティー協会は東洋館で隔月10日間やるんです。僕はギター漫談で、替え歌とか歌ネタを。お客さんの反応がすぐ返ってくるから寄席はいいですね。僕は月、水、金が透析治療なので火、木、土、日に出てます。ハハハ。今のところ糖尿病の状態は安定していて、今日明日どうなるってわけではないですから寄席には出られます。

 ビートたけしさんには「50すぎて寄席芸人を目指すのはおまえくらいだろ」と言われました。普通は寄席に出てからテレビに出るのに、逆行している。50代半ばから寄席に行く僕みたいな人はいない。だけど、東洋館はもともとはフランス座だから、たけしさんが修業された寄席でネタやれるのがうれしいんですよ。漫才協会の日は連日満員でボーイズ・バラエティー協会は厳しい入りの日もあるけど、おかげさまで「義太夫が出るから見たい」と言ってくれる人もいます。コミックバンドを組むのが目標です。今は楽器を使って笑いをやる人が少ない時代ですが、音楽と笑いが融合した新しい笑いをやりたいと考えています。ミュージシャンをメンバーにしようかとも考えたけど、本当のミュージシャンだとボケの間とか笑いの呼吸を分かってくれない。「ここのボケの時、なん拍休みですか」と聞いてきて、「譜面に書ける“間”じゃないし!」と(笑い)。

■「見た目がいいから軍団に入りなよ」と

 結成したら、でかいホールでコンサートしたいですね。

 僕は最初、たけしさんのバックバンドの募集で、ミュージシャンとして入ったんですよ。1983年か84年にNHKホールでの「ビートたけし&たけし軍団コンサート」で演奏しました。その時は4000人の席が2時間で完売。当時の記録じゃないですかね。1年半くらいバックバンドを務めました。

 たけしさんが忙しすぎて音楽をやらなくなり、お世話になりましたと挨拶に行ったら、「あんちゃん、見た目が面白いから軍団に入りなよ」と誘われて。最初は「できません」と断りました。「入りなよ。来週、人数多い仕事があるんだよ」とたけしさんに言われて軍団入り。軍団もまだ少なかったし、デブキャラがいなかったから、そこまで誘われたのかも。バンドから軍団入りしたのは僕だけです。

 たいていは、草野球つながりか、たけしさんが「オールナイトニッポン」を終えた深夜の3時にニッポン放送の前で「弟子にしてください!」と土下座して入ったわけだから。だから、軍団入りのきっかけになったNHKホールでやるのが夢なんです。

 コミックバンドで4000人って無理だろうと、いくらなんでも思いますけど、死ぬ前にもう一度立ってみたい場所です。

 ボーイズ・バラエティー協会の日の東洋館を盛り上げたいのもそうですけど、コミックバンドを結成して新しい笑いをつくり、NHKホールでコンサート、これが死ぬまでにやりたいこと。

 透析をやってるから2020年の正直な目標は「今年一年、死なない」ですけどね(笑い)。

(聞き手=松野大介)

▽本名=鈴木正之 1958年12月、東京都生まれ。ビートたけしのバックバンド「シークレット・ポリス」加入後、たけし軍団入りし、グレート義太夫として活躍。糖尿病生活をつづった著書「糖尿だよ、おっ母さん!」がある。
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