『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』アカデミー賞主演男優賞と撮影賞へとつながる、ポール・トーマス・アンダーソンがフィルム撮影にこだわる理由

引用元:CINEMORE

 現代の映画監督たちを特徴別に分ける場合、一つの方法として、撮影時のカメラをどうするかという視点がある。デジタルカメラしか使わない、デジタルもフィルムも使う、フィルムしか使わない。大きく分けるとその3つだ。

 興味深いのは、ハリウッドでは、著名で優れた監督ほど傾向が偏っているという事実だ。ジェームズ・キャメロンやデヴィッド・フィンチャーなど、舞台が現代や未来、架空の世界だろうが、イメージした画を作るためにデジタル/CGをフル活用する方法。おのずとワークフローは決まり、デジタルカメラが最適となる。グリーンバックという合成用の背景の前で演じることが多くなる俳優たちにも、想像力が必要とされる。キャメロンもフィンチャーもデジタルテクノロジーの進化に興味が強く、機材の開発にも積極的に協力する。

 いっぽう、タランティーノ、クリストファー・ノーランなど、フィルムカメラしか使わない監督たちがいる。タランティーノに至っては、プロジェクター上映に反対し、フィルム上映のための映画館維持に本気で取り組んでいる。彼らの目的は「人間にとっての自然な感じ方」の追求である。

 撮影現場に本物の場所や美術があることは俳優から自然な演技を引き出しやすい。優れた演技+自然な光と影+フィルムが持つ莫大な解像度+最適なレンズと露光、の組み合わせこそが、最高の鑑賞体験を提供できると信じ、愚直に追求しているのだ。ただし現代ではフィルム環境の追求はコストが高くなるので、ノーランは自らプロデューサーとして資金集めもしている。世界で最も成功している自主映画監督はノーランだ、という人もいるぐらいである。

 そして、後者に属し、自ら製作資金調達まで担当してフィルムの制作環境にこだわり、優れた作品を作り続けている鬼才がもう一人いる。ポール・トーマス・アンダーソンだ。

監督の意外な狙い

 ポール・トーマス・アンダーソン監督は『ハードエイト』(96)で長編デビュー以来、世界の著名な映画賞を受賞し続けてきたが、アカデミー賞には縁がないままだった。しかし2008年、第80回アカデミー賞において、ついに主演男優賞と撮影賞を受賞するに至ったのが、本作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』だ。

 監督の名前に負けず劣らず長いタイトルの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』とは、旧約聖書からの一文で、「いずれ血を見ることになる」というニュアンスの言葉らしい。アメリカ文学作家アプトン・シンクレアの「Oil!(石油!)」を原作にした映画で、20世紀初頭のアメリカを舞台に、石油採掘に「異常なまでに」執念を燃やす男の一代記である。

 この主人公を演じるのが、完璧に役に入り込むメソッド系アクター代表、ダニエル・デイ=ルイス。本作で二度目のアカデミー賞主演男優賞受賞、その後『リンカーン』(12)では、なんと史上初の三度目の主演男優賞を獲得することになる。本作の役名もダニエル(・プレインビュー)だが、自分以外を一切信じず、自分の行動の行く手を阻むもの、というよりも周りのもの全て、家族、宗教まで、徹底的に糾弾して前進し続ける強烈なキャラクターである。

 インタビューによると、監督はダニエルをモンスターのごとく描こうと考え、なんとドラキュラのようなアイコンさえイメージしたという。要は「ホラー」というジャンル映画にしようとしていたらしい。

 人はなぜホラー映画を見に行くかというと、他人の不幸を見たいからである。交通事故に遭遇するとその現場を見てみたい気持ちを抱いてしまうように、ダニエルが己の欲望を暴力的なまでに叶えようともがき苦しむ姿を見て欲しいと思った、とポール・トーマス・アンダーソンは言う。本作は、ダニエルというモンスターがアメリカの大地と人間を相手に奮闘し、苦悶する姿を追って行く映画なのだ。