プラモ制作でモデラーが『歴史』を学ぶ意義とは?「昭和の時代、プラモは子どもにとって“日常”だった」

引用元:オリコン
プラモ制作でモデラーが『歴史』を学ぶ意義とは?「昭和の時代、プラモは子どもにとって“日常”だった」

 国産プラモデルが1958年に産声をあげてから60余年、黎明期から現在に至るまで、その歴史を支えてきたのは戦車・艦船・航空機といったスケールモデル(※縮尺に基づいて忠実に再現した模型)だ。今回、第二次大戦下に活躍した英軍の戦車運搬車スキャンメル タンク トランスポーターを使用し、「まるで本物かと見間違う」情景模型を制作した大山健一郎氏を取材。スケールモデルに魅了された原体験や、モデラーが“歴史を学ぶ意義”について聞いた。

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■戦場の“緊張”と“弛緩”を表現するジオラマ作家に影響を受けた

――スケールモデルの魅力に目覚めたターニングポイントは何ですか?

【大山健一郎】小学校4年生のころ、タミヤのウオーターラインシリーズを集めている友達がいて、家に遊びにいくと部屋の床を海に見立てて艦隊がずらっと並んでいる。これにはシビれました。色も塗ってなかったと思いますが、目線を低くして眺めるともう本物みたいで。

――子どもは脳内補完がいくらでも出来ちゃうんですね。

【大山健一郎】はい。青い海の上を白波を立てて疾走していく姿がありありと見えるんです。それからお小遣いで買いやすい駆逐艦を自分でも作っては一緒に並べたりしていました。当時、プラモデルは子どもにとって“日常”でしたから、ミリタリーやらスーパーカーやら色んなブームにみんなで乗っかっては盛り上がってましたね。そうこうするうちに、1978年度版のタミヤのカタログを買ってもらってから、すっかりスケールモデルに魅了されました。

――ガンプラもそうでしたが、昭和の時代はプラモのカタログを見ているだけでワクワクしました。

【大山健一郎】当時、第一次ミリタリーミニチュアシリーズ(以下、MMシリーズ)ブームの終盤だったこともあって、MMシリーズは友達同士でも競って作り、タミヤカタログを学校にも持っていって友達と眺めてはあれこれ品定めしてましたね。高価なキットなんて買えないから憧れでした。

――プラモ制作において、強く影響を受けたものはありますか?

【大山健一郎】戦車模型が昔から好きだったこともあって、戦車模型の専門誌『アーマーモデリング』(発行:大日本絵画)はずっと愛読してます。発行は1997年ですが、一冊まるまる軍用車両やジオラマだけの定期刊行物ってそれまでなかったので、創刊のアナウンスを聞いたときは狂気しました。あと、中学生の頃に発刊されたジオラマの解説本『How to Build Dioramas』の著者であり世界的なジオラマ作家であるシェパード・ペイン氏の影響を受けています。ペイン氏の手がけるジオラマは登場する人形がそれぞれ演技をしているんです。たとえキットのままの人形でもペインティングが素晴らしく、活き活きとした表情をしている。切り取る情景もドラマチックで、戦場の“緊張”と“弛緩”、それぞれの空気感まで表現されているんです。