松下洸平「良いことを言う八郎から教わることが多い」

引用元:Lmaga.jp
松下洸平「良いことを言う八郎から教わることが多い」

NHK連続テレビ小説『スカーレット』で、主人公・川原喜美子の夫・八郎を演じる松下洸平。自身も美術家の母の影響で幼いころから芸術に触れ、ミュージシャンとしてキャリアをスタートさせたアーティストでもある。ジャンルは異なるがクリエイターとして八郎に共感する部分が多い、とその苦悩にも寄り添う松下に話を訊いた。
取材・文/岩本 写真/本郷淳三
「戸田さんが演じるから魅力的な喜美子に」(松下洸平)

──何度もオーディションに挑戦し、ついに掴んだ『スカーレット』の出演。デビューから10年の間に、「もうやめよう」と考えたことはありましたか?

そもそも自分はこの仕事に向いてないかもしれない、って思う瞬間はいくつもありました。俳優は、人から評価されて初めて、自分の価値というものを知るので・・・。『スカーレット』でも「自分の作品を否定されると、自分自身を否定されていることと同じ気持ちになってしまう」と八郎が語るシーンがあって、その気持ちがすごくよく分かります。頑張っても結果が出ないと、できない自分を責めるんですよね。

──それでも続けることができたのはなぜでしょう?

周りの人に恵まれました。何度もこんな僕にチャンスをくれたんですよ。新しい舞台の話やオーディションの話を持ってきてくださったり、折れそうな気持ちをつなぎとめてくれる方が多くて。先輩たちにもう1回、俳優の世界で会いたかったんです。

──同じクリエイターとして、八郎さんに共感する部分はどういうところですか?

彼が本当に良いことを言うんですよ! 僕自身が八郎から教わることが多いです。喜美子が「絵付けと陶芸はちゃう、やってみてようわかったわ、難しいわ」と言うシーンでは、八郎が「同じや」って言うんです。「その作品を手に取った人がやさしい気持ちになったり、うれしい気持ちになったりする。これは絵付けも陶芸も一緒やで、思いは伝わるで」と。

──喜美子が、珈琲茶碗の制作を手伝うシーンですね。

そのセリフを読んだときに、「なんて名言なんだろう」と。僕もすごくよくわかるんです。絵や音楽を作る人間として、ゼロからものを生み出していくことの難しさと楽しさは、八郎と同様に知っているつもりだし、作ってる人の気持ちが作品に出るんですよね。それは芝居も同じことが言えて、例えば川原喜美子をほかの女優さんがやったら、今の喜美子にはなっていないはず。戸田恵梨香さんが演じるから、あの魅力的な喜美子になって・・・。何でもその人自身が出るんですよね。

「右でご飯を食べる練習して劇中は右利き」(松下洸平)

──滋賀県甲賀市でおこなわれたトークショー(12月14日開催)では、内田チーフプロデューサーが「松下さんの指が繊細」とおっしゃっていました。

あんまり自分の手のことを考えたことないですけど(笑)、家族全員、みんな僕と同じ手をしていて、僕にとっては見慣れた、ごくごく当たり前の手です。母も指が長くて大きいのですが、自分の手が、特別どうと思ったことなくて・・・。

──松下さんのなかに流れるクリエイターの血は、お母さまから受け継がれているのでしょうか?

母からもらったものがすべてだなと思います。自分の性格も含めて。それこそ、家族全員、左利きで。僕も、文字を書くのも、ご飯を食べるのも、ボール蹴るのも、何もかも左です。実は陶芸にも利き手があって、基本的には右で作陶するんです。なので、今年の夏ごろから右でご飯を食べる練習して、今は劇中は右利きです。

──そんな器用なことができるんですね!

でも、筆だけがどうしても左で。八郎くんが喜美子の似顔絵を描くシーンがあったんですけど、演出スタッフから「左で描くとどうなる?」と言われて、ササササっと左で描いたら「これだと上手過ぎてダメだね」って。右で描いてみたらいい感じの、何とも言えない喜美子の似顔絵ができて、それが採用されました(笑)。

「あかん、むっちゃ変な感じになる!」(松下洸平)

──お母さまと言うと、舞台『母と暮らせば』で共演された富田靖子さんが、『スカーレット』では義理の母になって。

そうなんですよ! 初めて富田さんと『スカーレット』で一緒になったシーンは、僕が川原さんの家に行ったときだったのですが、リハーサル室で私服のままでしゃべっていたときに、一瞬「あれ? めっちゃ(『母と暮らせば』の)母さんだな」と思って(笑)。これは1回、忘れなきゃと思って割り切っていたのですが、撮影では上がりかまちに着物で座っていて、髪を後ろでゆわえたような姿で、「これ、母さんやん!」って。

──思わず息子になってしまうと。

なかなか直視できなかったです。どっからどう見ても「母さん」なんですよ、僕の(笑)。でも「初めまして、十代田と申します」と言うから、「あかん、むっちゃ変な感じになる!」って思って、最初の1日、2日はダメでしたね(笑)。

──その『母と暮らせば』は二人芝居でした。NHK『あさイチ』に出演されたときに、二人芝居は相手をリスペクトする気持ちが大事だとおっしゃっていましたが、いつごろからそういうふうに思われるようになったのでしょう?

2011年に、初めて二人芝居のミュージカル『スリル・ミー』に出たときでした。当時23歳で、柿澤勇人くんと僕と二人三脚で頑張ったときにつくづく思いました。相手を信じなきゃ、成立しないって。

──そこでの経験が大きかったと。

ありがたいことに柿澤勇人という俳優と気心の知れた友人になれたことも大きかったです。俳優としても、人としても、彼のことをリスペクトすることができたので・・・。信じていれば何があっても大丈夫、本番中にどんなアクシデントに見舞われようが僕が助けてあげたいと思ったし、お互いがそう思えることが大事だと。

「僕は戸田さんを信じているし、信頼している」(松下洸平)

──今回のドラマでは、伴侶である喜美子役の戸田さんに対しては・・・。

『スカーレット』でも僕は戸田さんを信じているし、信頼している。戸田さんも同じように思ってくれたらいいなと思います。第69回(12月18日放送)は2人だけの撮影でしたが、なんの不安もなかったです。台本を読んだときはびっくりしましたが(笑)。

──2人だけ、ということに?

はい。大体1週分の台本をいただいて、台本に日ごとキャストの名前が書いてあるんです。その日は「戸田恵梨香」と「松下洸平」としか書いてなくて。嘘でしょ!?と(笑)

──実際の撮影現場はどうだったのですか?

あの場面では、僕らはもう、最後の方ではテレビに出ていることを忘れていて。2人だけで会話をしました。場面転換せず、お互い座ったまま、普通にしゃべっているシーンが2分ぐらい続いたのですが、カメラが回っていることを忘れて、2人で夢を語り合いました。そういうお芝居がテレビでできたことはうれしかったですね。

──2人は夫婦になりましたが、クリエイター夫婦は良くもあり、悪くもありだと思います。そのあたりの八郎さんの苦悩はいかがでしょう。

八郎は新人賞を獲りますが、受賞の決め手となった赤い色は喜美子の笑顔から引き出された色なんですね。ちょっと悪い言い方をすると、彼にとっては偶然の産物。それが日の目を浴びてしまったばっかりに、八郎自身がその作品を超えることができず、煮詰まってしまいます。彼の原点は、自分の作った器で誰かがおいしそうにご飯食べている姿を見ること、そういう器を作りたい人。一点物の芸術作品を作る作家ではないんです。

──結婚の条件だったとはいえ、結局受賞したことが彼を苦しめるわけですね。

偶然、芸術的な作品が生まれて、それが賞を獲ってしまったばっかりに模索します。煮詰まったり、頭が回らなくなったら「よし、1回、海外行こ!」みたいに切り替える人がいますが、八郎くんはそれができないんですよね(笑)。考えれば考えるほど、おかしな方向に行ってしまいます。

「新しい自分にも出会っていけたら」(松下洸平)

──今、八郎さんの原点について言及されましたが、味には郷愁があると思うんです。それこそ、故郷といいますか。器というものは、いわばその人にとっての故郷、原点をよそうものだと思うのですが、松下さんにとっての故郷の味、原点の味とは何ですか?

何でしょうね・・・。すごいベタですけど、実家に帰って母親の作った料理を食べると原点だなあと思います、やっぱり。うちの母親はメニューが少し変わっていて。グラタンとおでんとか、餃子とパスタとか、構成がおかしいんですよね。それが食卓に並んでいるのを見ても「ああ、実家に帰ったなぁ」と思います。味で言うと卵焼きですね。すっごい甘いんですよ。「あっま~!」って思うけど、僕にとってそれが故郷の味です。

──現在は、音楽活動はお休みですが、再開する予定はありますか?

来年はライブを再開したいとは思っていますが・・・。『スカーレット』を通して得た気持ちとか、出会った人たちとのこととか、形に残したいなあって思って。そのツールのひとつとして、僕には音楽があるので、みなさんとの出会いを歌にして残せたらいいなって考えていることです。

──『スカーレット』を通して得た気持ちというのは?

まだ漠然として、ふわふわしているんですけど・・・。この気持ちを整理して、頭のなかで組み立てている時間がすごく楽しくて。たとえば、引っ越し前に、新しい家に何を置こうか考えているときって楽しくないですか?

──確かに、一番楽しい時間かもしれません。

新しいソファに買い替えて、テレビもあそこに置いてとか考えるとワクワクするじゃないですか。あの感覚と似ていて。今、いろんなことを教わって、いろんな気持ちで胸がいっぱいなので、それをどう並べて曲にしようかなーって、ワクワクしています。

──新しい家に引っ越すという感覚でいうと、『スカーレット』を経たからこそ、これから違う段階に行けそうだという感じでしょうか?

そうですね。ただ、まるまる新しい自分になるつもりはなくて、僕は僕なりに変わらずにいたいなと思うし、変えちゃいけない部分ってあると思うんですよね。そこはしっかり守りながら、新しい自分にも出会っていけたらいいなと思います。