『アイリッシュマン』レビュー

引用元:IGN JAPAN
『アイリッシュマン』レビュー

マーティン・スコセッシ監督の最新作『アイリッシュマン』は、実話をベースしにしたギャング映画だ。ロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテルというスコセッシ映画を象徴する俳優が一堂に会し、加えてアル・パチーノまでもが出演している。1940年代のギャング映画のスターであるジェームズ・キャグニーを第一世代とするならば、『ゴッドファーザー』から『グッドフェローズ』までに至る70年代以降の第二世代ギャング映画のスターたちが勢ぞろいしている形である。
映画は、実在のギャングでヒットマンであったフランク・シーランの証言を元に執筆されたチャールズ・ブラントの著作『I Heard You Paint Houses』に基づいている。この本の中でフランク・シーランは、全米トラック運転手組合会長であるジミー・ホッファの未解決失踪事件に関与していると驚くべき証言しているのだが、この証言は現実には実際に裏付けられたものではない。だが、このフランク・シーランの証言を、回想形式という語りを採用しつつも、実際にあった出来事として映画化したのが本作だ。
ロバート・デ・ニーロ演じるフランク・シーランは、もともとはトラック運転手だったが、ジョー・ペシ演じるギャングのラッセル・ブファリーノと出会い、ヒットマンとして頭角を表していく。そのうちアル・パチーノ演じるジミー・ホッファと出会い、親交を深めていくが、ホッファはギャングと対立を深め、フランクはその板ばさみになるというのがストーリーの粗筋だ。

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スコセッシ・タッチが発展した錯綜した語り口
とはいえ、本作でこのストーリーを理解するのは容易いものではない。『グッドフェローズ』でスコセッシが発明した、ストーリーラインを観客に理解させるというよりも、登場人物たちの情動そのまま映し出すスタイルが踏襲されており、一見して観客に物語を理解させない速度でストーリーが描かれるからだ。
実際、核となる登場人物は少ないものの、群像劇的な趣があり、本作は場面や状況を説明するエスタブリッシング・ショットができるだけ廃されている。映画は介護施設にいる老人のロバート・デ・ニーロ演じるフランク・シーランが、自身の過去を回想する形式になっているのだが、回想する時制は介護施設だけではなく、ドライブ旅行中の70年代に変化することもある。このように映画の時間構成は錯綜しており、観客は登場人物たちの行動を俯瞰しながら見守るというよりも、その場その場のシーンごとで受け止めていくしかないだろう。実はこの錯綜した回想形式という構成が本作のテーマを浮かび上がらせるのに巧妙に利いてくるのだが、それは最後に述べることにしよう。
映画の第一幕はスコセッシの新境地だ。まだトラック運転手からギャングの成り立てだったシーンの多くが、固定カメラを中心に落ち着いた雰囲気で進む。フランクが娘に暴行を働いた店主に制裁を加えるロング・ショットで捉えるのは、本作の印象深いバイオレンスシーンだ。ジミー・ホッファの元で、フランクが働き始めてから、カメラ移動が多くなり、スピード感があふれるスコセッシ・タッチの第二幕へと突き進んでいく。

アル・パチーノへのオマージュ
だが、映画を推進しているのは、スコセッシのカメラワークというよりも、やはり大御所スターたちの演技といえる 。 そのなかでもアル・パチーノとジョー・ペシの演技がとりわけ光る 。 アル・パチーノはこれまでのキャリアで演じた延長線上の役柄を彷彿とさせる 。 明らかにスコセッシは『ゴッドファーザー』や『スカーフェイス』だけではなく、こういったアル・パチーノのキャリアそのものに対するオマージュを本作に含めている 。 例えば、演説シーンは『訣別の街』、ダンスシーンは『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』、信頼していた友人から裏切られるのは『フェイク』などである 。 一方で、これまで『レイジング・ブル』や『グッドフェローズ』のような口数の多い人物を演じることが多かったジョー・ペシは寡黙な演技に徹しており、ジミー・ホッファ演じるアル・パチーノと対照的なコントラストを成す見事な存在感を発揮している 。 しかしハーヴェイ・カイテルは重要な役どころにも関わらず、後半になると出番が少なく、影が薄い印象が残ってしまうのが残念だ 。