時空を越えて「おかしくって悲しい」を再認識 映画「男はつらいよ50 お帰り寅さん」

引用元:夕刊フジ

 正月と言えば寅さん。幸せの風物詩が戻ってくる。27日公開の映画「男はつらいよ50 お帰り寅さん」(山田洋次監督)。パンフレットのキャッチコピーが実にいい。《ただいま。このひと言のために、旅に出る。》

 山田監督が好きな落語には夢オチというサゲがある。なんだ夢だったのかというやつだ。映画は逆に夢が導入部に描かれ、映画のその後を暗示する役を担っている。

 冒頭付近で1997年の前作からの時の経過が描かれる。寅さんのおいの諏訪満男(吉岡秀隆)は小説家デビューしたが、次回作に取り掛かれず、モヤモヤした日々を送っている。中学生の娘・ユリ(桜田ひより)と2人暮らし。妻の七回忌で久しぶりに柴又を訪れ、かつて寅さんがいた暮らしの思い出に花を咲かす。

 新しく撮影したフィルムを主軸に渥美清さんらの過去映像が挿入される。違和感はまったくなく、観客は時空を行き来しながら、寅さんワールドに引き込まれる。

 ああ、寅さんだ。寅さんのしゃべりの絶妙な間だ。おかしい。と同時に涙がじんわりとあふれてくる。悲しいわけではないが、時折涙が止まらない。おかしくって悲しい。それが寅さんじゃないかと再確認する。

 出版社の担当編集、高野(池脇千鶴)の勧めでサイン会をした満男。その列に初恋の人・イズミ(後藤久美子)がいた。海外でUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員として働き、里帰りしたときに書店で偶然サイン会告知のポスターを目にしたのだ。

 サイン会後に出向いた先は、寅さんがかつて愛したリリー(浅丘ルリ子)が経営するジャズ喫茶。そこで寅さんの明かされなかった過去が解き明かされる。

 時は流れ、それぞれの物語は続いていた。タコ社長の朝日印刷は? くるまやは? 御前様は? 前田吟や倍賞千恵子が演じる諏訪家の面々は?

 誰もがごく当たり前に地に足を付け、スマホに注意散漫になることもなく、金もうけにうつつを抜かさず、加齢にあらがうこともなく、悩みから逃げず、小難しい理屈をこねず、過度の遠慮や忖度(そんたく)もなく接し合う。分断のない人間関係がうらやましく、心に滋養が満ちる。

 第1作の公開は69年。ビートルズが「アビーロード」をリリースした年に生まれた映画が、今も生き生きとした物語に紡がれる奇跡。寅さんは永久に不滅だ。