『ランブルフィッシュ』80年代青春映画ブームの中の実験作は成功か失敗か。白黒フィルムに込められた監督の想いとは。

引用元:CINEMORE
『ランブルフィッシュ』80年代青春映画ブームの中の実験作は成功か失敗か。白黒フィルムに込められた監督の想いとは。

 1980年代。アメリカではアクション映画や青春映画が量産され、ハリウッドメジャースタジオは若い層の取り込みに成功した。とりわけ青春映画は“ブラットパック“(小僧っ子集団という意味)と呼ばれる若いスター達がこぞって主演し、81年に開局されたMTVの後押しによって主題歌のMVが公開前に大量にオンエアされ、優れた宣伝効果をもたらした。ジョン・ヒューズ監督に代表されるコメディタッチの群像劇メロドラマが幅を利かせるなか、1983年に公開された本作『ランブルフィッシュ』は一風変わった作風で独特の存在感を放ち、いまだに根強いファンを持つカルト的な青春映画である。

 舞台は高校生のよくある日常だ。しかしカラーではなくモノクロフィルムで切り取られた画は、どこか人工的で白昼夢のような印象を受ける。当時人気のマット・ディロンやダイアン・レインのような若きスターが出演しているが、ありがちな恋愛物語ではないし、むしろ彼らは出番こそ多いものの準主役な気もしてくる。泣けるオーケストラは流れず、カテゴライズの難しい、変則なパーカッションのリズムが全編を包み、物語を牽引していく。躍動感にあふれた爽快なカタルシスはなく、男子特有のナイーブさと大胆さに満ちた、じわじわとジャブのように効いてくる、小粒だが強い印象を与える映画だ。

 さぞかし若い監督がやりたいことにこだわり抜いて作ったのかと思いきや、全然違う。あの『ゴッドファーザー』(72)『地獄の黙示録』(79)で有名なコッポラ監督である。誇大妄想的な歴史絵巻ばかり撮っているようなコッポラが、なぜ本作のような低予算・実験的な映画を作ることになったのか。監督の波乱万丈なフィルモグラフィにその答えがある。

70年代から80年代。コッポラ監督の波乱万丈

 1972年公開時、若干32歳だったフランシス・フォード・コッポラ監督が『ゴッドファーザー』でアカデミー賞作品賞・主演男優賞・脚色賞を受賞。続く『カンバセーション…盗聴…』(74)がカンヌ映画祭グランプリ受賞。『ゴッドファーザーPARTII』(74)ではアカデミー賞作品賞・監督賞・助演男優賞・脚色賞・美術賞・作曲賞を受賞。ハリウッド監督が欲しがるものを全て手に入れたコッポラが、狂気なまでに没頭した『地獄の黙示録』は語り継がれるほど難産で、見込みよりも莫大に膨れ上がってしまった製作費の回収は不可能だと誰もが諦めた。しかしいざ蓋を開けてみたらカンヌ映画祭グランプリ(今でいうパルムドール)とアカデミー賞撮影賞・音響賞を受賞。観客も劇場に押しかけ、特大ヒット。製作費の回収どころか、結果、たくさんの不動産も所有し、自分の制作スタジオの建設も実現してしまう。

 『地獄の黙示録』で、遠いフィリピンという異国の地のロケーションで苦しんだ経験によって、次作『ワン・フロム・ザ・ハート』(82)はハリウッドのスタジオで完全にコントロールできる状態で小規模に作ろうと動いた。が、所有する9つの撮影スタジオにラスベガスの街を完全に再現するという暴挙に出てしまい(ラスベガスはすぐ近くにあるのに・・・)、美術費や照明機材費が莫大に膨れ上がる。

 また、自社のゾエトロープスタジオを撮影から編集まで一貫して制作できる最新の映画工房にしようと目論んだが、運用できるほどシステムが熟しておらず、相当の額を投資したものの生かしきることはできなかった。またも製作費を大幅にオーバーし、ヒットもせず、結果、ゾエトロープスタジオは破産。莫大な負債だけが残ることとなった。

 借金返済のために雇われ仕事として取り組んだのが、『アウトサイダー』(83)だった。オクラホマ州タルサに住む若者達の姿を描いた、SEヒントンによる同名小説の映画化である。ヒントンを共同脚本家に迎え、現代の『風と共に去りぬ』(39)のような、ティーンのためのオーソドックスなメロドラマを作ろうとしていた。

 出演した豪華な役者たち、当時はみんな新人だった・・・トーマス・ハウエル、マット・ディロン、トム・クルーズ、ラルフ・マッチオ、パトリック・スウェイジ、エミリオ・エステベス、ダイアン・レイン・・・錚々たる顔ぶれだ。

 撮影は順調。コッポラはヒントンの他の作品も読み、その中の一作に惹かれた。群像劇ではなく、兄弟愛の小さな物語。実の兄に憧れているコッポラ自分自身を投影できること、色を判別できない兄の設定がユニークで、個性的なスタイルの映画が作り出せるかもしれない。『アウトサイダー』の裏表になるような背中合わせの映画。『アウトサイダー』がティーンのためのメロドラマだとすれば、これはティーンのためのアートフィルムだ。新たな創作意欲に掻き立てられたコッポラが、ほぼ同じスタッフ、同じタルサという場所で臨んだのが、本作『ランブルフィッシュ』だった。