「寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいい」シリーズでも空前絶後の“逆プロポーズ” 帰ってきた「みんなの寅さん」

引用元:夕刊フジ
「寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいい」シリーズでも空前絶後の“逆プロポーズ” 帰ってきた「みんなの寅さん」

 【帰ってきた「みんなの寅さん」】

 シリーズ初期の寅さんは、手の届かない高根の花に恋をして、楽しい日々を過ごしますが、それも長続きせずに失恋。また旅の人となる、それがおなじみのパターンでした。

 寅さんといえば「年中失恋している」イメージでした。御前さまのお嬢さん・冬子(光本幸子、第1作)、恩師の娘・夏子(佐藤オリエ、第2作)、別居中の人妻・夕子(若尾文子、第6作)、柴又で喫茶店を開いた未亡人・貴子(池内淳子、第8作)、旅先で知り合ったOL・歌子(吉永小百合、第9作)…。彼女たちは悩みを抱えながら、寅さんと出会ったことで次の人生の一歩を踏み出します。

 初期のマドンナの幸せは、ほとんどが結婚や別居中の夫との復縁で、寅さんにとっては「残念な結果」の連続でした。

 しかし第10作『寅次郎夢枕』(1972年)で八千草薫さんが演じた志村千代は大きく違いました。千代は子供のころから寅さんを良く知る幼なじみ。夫と離婚し、帝釈天参道に美容室「アイリス」を開業したばかり。そこへ寅さんが帰ってきます。懐かしい寅さんと再会し、顔が輝く千代。それは寅さんも同じ。

 「寅ちゃん!」と呼ばれたときの渥美清さんの表情、動きひとつで僕たちは寅さんの考えてること、感じていることを瞬時に理解してしまうのです。

 寅さんの実家「とらや」に下宿する東大で物理学を専攻している岡倉先生(米倉斉加年)が千代に一目ぼれ。研究も手につかなくなります。恋するインテリをからかう寅さん。渥美さんと米倉さんの絶妙のやり取りで映画館は観客の笑い声にあふれていました。

 ここから意外な展開となり、恋のキューピッドを買ってでた寅さんは、千代を誘って亀戸天神で、先生の代わりに「愛の告白」をします。舞台や映画でおなじみのシラノ・ド・ベルジュラックのように。そこでロクサーヌならぬ千代は、寅さんからの告白と勘違いして「寅ちゃんとなら一緒に暮らしてもいい」と答えます。シリーズでも空前絶後の「逆プロポーズ」です。「失恋」ならぬこの「得恋」は「寅さん映画らしくない」と言われました。その顛末(てんまつ)は映画をご覧いただくとして、「寅さんの恋」も少しずつ変わり、次作『寅次郎忘れな草』では浅丘ルリ子さん演じるリリーと相思相愛に至ります。

 ■佐藤利明(さとう・としあき) 娯楽映画研究家。クレイジーキャッツ、石原裕次郎、「男はつらいよ」などの魅力を新聞やテレビ・ラジオ、著作を通して紹介続ける「エンタテインメントの伝道師」。12月10日には「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)&「寅さんのことば 生きてる? そら結構だ」(幻冬舎、写真)の刊行記念「佐藤利明×佐藤蛾次郎トーク&サイン会」を東京堂書店・神田神保町店で開催(参加費1000円、要予約03・3291・5181)。

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