元グレチキ・北原雅樹さん 一夜でキャリアを失った“今”の胸中

元グレチキ・北原雅樹さん 一夜でキャリアを失った“今”の胸中

【あの人は今こうしている】

 元「グレートチキンパワーズ」北原雅樹さん(43歳)

 良い時もあれば悪い時もある。浮き沈みの激しいのが芸能界だ。「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(日本テレビ系)出演をきっかけに、1990年代半ばに一世を風靡した人気コンビ「グレートチキンパワーズ」、通称“グレチキ”。ツッコミだった北原雅樹さん(43)も波瀾万丈といえよう。“今”をじっくり聞いた。

 ◇  ◇  ◇

「一夜にしてドン底でした。僕に原因があるので言い訳はしません。心から反省しています。でもあの日以来、心から笑える日はないですね。今ですか? 罰を受け終わり、自粛を経て、昨年11月に芸能活動を再開しました」

 兵庫県加古川市内の喫茶店。北原さん、こう言うとしっかりと前を向いた。

 一度は芸能界から離れていたが、2012年に復帰。現在も住む加古川市の地元ラジオ局、ケーブルテレビ局で仕事を得るや、脇役ながら15年にはNHK連続テレビ小説「マッサン」と「あさが来た」に出演。全国区へと飛躍を期していた。だが……。

 18年11月12日未明、副業として店長を任されていたバー勤務からの帰宅途中、飲酒運転で検挙。閉店した店内で眠ってから帰ったが、まだ体内にアルコールが残っていた。

 即日、5本あったレギュラー番組はすべて降板。積んできたキャリアを失った。

「離婚も覚悟しました。でも嫁は、『離婚は考えてないよ』と言ってくれたんです。余計に、申し訳なく思いました」

 当時、小3、小6だった2人の息子さんたちがイジメに遭わなかったことも救いだった。

「友達に恵まれてたんです。中には『何かあったら、僕たちが守ってあげるよ』と言ってくれた子もいて、思わず涙が出ました」

 芸能活動は1年間謹慎。昨年11月から再開した。

 その間、どうしていたのか?

「加古川市内に本社がある外食チェーンの『八角』で去年1月から広報と、チラシや広告関係の社内制作のサポートをしています。実際に店でも働いてますよ。活動再開を考え、常勤ではないんですけどね」

 謹慎明けの活動第1弾が「北原雅樹のありがとうプロモーション!」だ。

「『ありがとう=39(サンキュー)』にちなんで、国内ならどこでも交通費等諸経費別でギャラは『39円から』でお仕事をします。内容は、演劇の出演や演出、アドバイス、ワークショップ開催、イベント司会、ラジオパーソナリティーなどです。詳しくは僕のHPをご覧ください」

 その一方、飲酒運転撲滅の啓蒙活動も行っている。

「昨年10月に『ASK認定 飲酒運転防止インストラクター』という資格を取得しまして、研修会などでお話しさせていただいています。言える立場ではないのかもしれませんが、僕が実体験をお話しすることで、少しでも飲酒運転や事故を減らせるんじゃないかと思うんです」

■「あの日以来、心から笑える日はない」

 さて、大阪府豊中市に1976年7月15日に生まれた北原さんは、高校時代に「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」のワンコーナー「お笑い甲子園全国大会」で優秀賞を受賞。それを機に94年、相方の渡辺慶さんと「グレートチキンパワーズ」としてメジャーデビュー。

 95年にはBMGビクターから「MIX JUICE」で歌手デビューし、30万枚以上のセールスを記録した。また、いしだ壱成主演のドラマ「未成年」(TBS系)で香取慎吾、反町隆史、浜崎あゆみらと共演。俳優としても注目を浴び、それ以降は役者業も大忙し。アイドルのように雑誌のグラビアを飾った。

「実は『八角』の大西慎也社長との出会いが、松平健さん主演の時代劇『忠臣蔵』(04年、テレビ朝日系)の東映京都撮影所のロケ。宇梶剛士さんと休憩していたら大西社長に声をかけられ、一緒に写真を撮ったんですが、すごく喜んで下さって。で、加古川に転居して偶然再会。ずっと親身になってくれています」

 だが、作家活動に軸足を置くようになった渡辺さんと方向性の違いから、コンビは05年に解散。09年に芸能活動を休止した。

 プライベートでは04年に、日本テレビの情報番組「ズームイン!!朝!」のお天気お姉さんだった杉本真紀さんと結婚。2男に恵まれた。

「2月24日から、YouTubeで『北原雅樹です!よいしょっ』チャンネルをスタートさせました。地元タウン誌『まるはり』さんとのコラボで、得する情報、おいしい情報をお伝えしていこうと思っています。ぜひ、一度ご覧下さい」

(取材・文=高鍬真之)