スポーツ報知評論家・前巨人監督・高橋由伸氏「死と隣り合わせで働く使命感、責任感、そして勇気」…Fukushima50連載〈12〉

引用元:スポーツ報知
スポーツ報知評論家・前巨人監督・高橋由伸氏「死と隣り合わせで働く使命感、責任感、そして勇気」…Fukushima50連載〈12〉

 「関東もダメらしいぞ」―。福島第1原発の事故当時、うわさは広がってきた。巨人の現役選手だった私の耳にも届き、情報は拡散していた。球団に無断で帰国した外国人選手もいた。正直、気持ちは分からなくもなかった。実際に何が起きていて、何が事実なのか。異国の地で起きた大事故を前に、不安になるのは仕方なかった。自分は家族を守るためにどうすればいいのか、考えさせられた。

 2011年3月11日。東日本大震災が発生した時は、広島のマツダスタジアムにいた。試合中、ベンチ横のカメラマン席から「やばい、これはやべーぞ」「東京が大地震だ」「いや、震源地が違うみたいだ」などと飛び交った。急いでベンチ裏のロッカーに行くと、テレビに信じられない光景が広がり、目を疑った。津波が街を襲い、これが現実であることを受け入れられなかった。福島第1原発の事故を知ったのは、その後だった。

 「Fukushima50」を見て、壮絶な真実を知ることができた。死と隣り合わせで働く使命感、責任感、そして、勇気。簡単には語ることのできない覚悟がそこにはあり、「もしも、自分がその現場にいたら…」と重ね合わせたりもした。自分がやらずに誰がやるのか。遂行しなくては、大爆発によって東日本が壊滅してしまうのだ。被害範囲は東京を含む半径250キロ、対象人口は約5000万人。想像を絶する大パニック寸前だった。

 命を懸けて国を守ろうとする現場と、ただ指示を出すだけの政府。このやりとりも見応えがあった。1分ないし1秒もムダにできない中、上司に確認しながら命令を下す。その組織図が目に浮かび、イライラは増した。もちろん、政府も命懸けだ。両者の日本を守ろうとする必死さが画面越しに伝わってきた。

 この映画は、後世までずっと語り継ぎ、教訓にしないといけない。“自然の力”は我々の想像をはるかに超えた。自ら造ったものですら、最後は制御できなくなってしまった。吉田昌郎所長(渡辺謙)は「人間の慢心だ」と言った。まさにその通りだと思う。最後、福島第1原発は最悪の事態を免れた。残された我々に対し、自然と向き合い、考える時間を与えられたように感じた。いろいろなものを考えさせられる作品だった。

(高橋 由伸)=おわり=

 ◆高橋 由伸(たかはし・よしのぶ)1975年4月3日、千葉県生まれ。44歳。桐蔭学園高、慶大を経て97年ドラフト1位逆指名で巨人入団。99、2007年ベストナイン。98年から6年連続を含むゴールデン・グラブ賞7度。04年アテネ五輪日本代表。15年は選手兼任打撃コーチ、16~18年は巨人第18代監督。通算1819試合で、1753安打、321本塁打、986打点。打率2割9分1厘。右投左打。昨年から巨人の球団特別顧問、スポーツ報知評論家を務める。 報知新聞社