“監督が今、最も使いたい俳優”渋川清彦の懐の深さ

“監督が今、最も使いたい俳優”渋川清彦の懐の深さ

 【俺の顔】映画監督が今、最も使いたい俳優の一人と言われる渋川清彦(45)。メジャーとインディーズ、役の大小を問わず出演オファーが来た順番でスケジュールを埋めていくスタイルで、多い時は映画だけで年間の公開作が14本に上る売れっ子ぶりだ。「いわゆる技術的な部分で、できればうまくなりたいですよね」という飽くなき向上心が、唯一無二の個性派俳優を構築している。

「忙しいでしょうってよく言われるんですけれど、そこまでっていう感じです。1日2日の仕事もけっこうあるし、映画はだいたい撮影から1年後くらいに公開されることが多いけれど、3年前に撮ったものがたまたま重なることもあるのでタイミングですよね。数えられるから十何本ってなるけれど、もっと多い人もいますから」

 渋川は、自身の人気について謙遜を交え分析する。一見コワモテでクールなイメージだが、フッと目尻が下がる笑顔に親しみを覚える。高校卒業後に群馬から上京し、ドラムの専門学校に通ったが1年で中退。アルバイト生活をしている時に、米写真家ナン・ゴールディンさんの目に留まりモデルとして活動を始めた。

 「あまり仕事とは思ってはいなくて、けっこうふざけていたんじゃないですかね。ただ、生活ができない時はいろいろな人の所に転がり込むパターンだったけれど、自分で家を借りてというのはモデルを始めてからですね」

 そのゴールディンさんの写真展のポストカードに使われた写真が、運命を大きく変えることになる。自宅にそれを貼っていた豊田利晃監督(50、写真)と出会い、98年の映画「ポルノスター」に抜てきされた。そもそも俳優に興味はあったのだろうか。

 「表に出るようなことを、何かやりたかったんでしょうね。ロカビリーバンドをやっていたので、ファッションや踊りのために当時のそういう系の映画は見ていて、『アウトサイダー』や『ランブルフィッシュ』のマット・ディロン、ジェームズ・ディーンに凄く影響されてタバコの吸い方までマネしていましたから」

 以降、豊田監督作品は全作に出演。中でも03年「ナイン・ソウルズ」では、原田芳雄さんの薫陶を受けた。

 「当時は無知で、芳雄さんの存在も名前くらいしか知らなかった。俺が逃げて芳雄さんが捕まえるシーンだったんですけれど、思い切りぶつかってくれたというか、俺も何も考えずに芝居ができたのが凄く印象深かった。芳雄さんとの出会いは大きいですね」

 30歳の節目に、モデル時代から使っていた「KEE」から故郷を名字にした芸名に変更。「軽い気持ちでしたけれど、区切りとして意識していたのかもしれない」と振り返る。それだけ古里への思いは強い。

 オール群馬ロケの15年「お盆の弟」に主演。18年の主演映画「榎田貿易堂」は渋川でのオールロケのため、撮影場所や宿泊先など知人らに交渉。地元の観光名所で、男女問わず来場者の股間を触る女性館長で有名な「珍宝館」での撮影も提案した。

 「珍宝館は皆知っているから、出したら面白いんじゃないかって監督に言ったんですよ。そうしたら、脚本を変えてくれました。自分の知っている所ばかりで撮ったし、実家近くの元小学校で無料上映もしました。市長も来ていて一番凱旋って感じはしましたね。群馬の現場に呼ばれないかなとは、いつも思っています」

 かつてはその風貌から、やくざやチンピラなど悪役系が多かったが、年を経るのに比例して役の幅をどんどんと広げている。

 「初めての監督でも情熱みたいなものを感じれば引き受けるし、俺が好きな監督は何も関係なし。脚本に書いてあることでキャラクターができていると思っているので理解して、現場でやってみる。それで直してもらったり、直されなかったらそのまま。あまりガチっとは決めていかないかもしれない。そこまで真面目、ストイックではないですね」

 その懐の深さがオファーの絶えない証左だろう。事実、さまざまな人との出会いがかけがえのない財産となっている。

 「豊田さんや、その助監督に付いていた人にもつながって、歴代の面白い監督やプロデューサーと一緒に仕事ができたから続けられたんですね。でも、セリフは少ない方がいいですね。多いと緊張するし怖いので、そこはけっこうチェックします」

 それでも、俳優が生業(なりわい)と意識したのはごく最近だという。きっかけは15年に誕生した長男の存在だ。

 「可愛いし、お金もかかるので。子供に会いたい、会わなきゃという感じもあって飲みに行く回数は減りました。4歳の可愛い時期を見ておきたいですからね」

 この時ばかりは、パパの笑顔になっていた。

 《飲みながら撮影 W主演「酔うと…」3・6公開》渋川の最新主演作「酔うと化け物になる父がつらい」が、3月6日に公開される。タイトル通り、連日のように酒に飲まれて家族に迷惑をかけるお父さん役。そのコミカルかつ切ないさまが、ダブル主演で娘役の松本穂香(23)の視点でつづられる。片桐健滋監督(40)とも18年「ルームロンダリング」に続くタッグで、気心の知れた仲。冬の撮影だったため「寒かったので、セリフも多くないしちょっと飲みながらやってみない?って提案して、ウイスキーのお湯割りを飲みながらでした」と“完璧”な役づくりで臨んだ。主演と助演で意識の違いはないそうだが「終わった時の充実感はありますね」と満足げに振り返った。

 ◆渋川 清彦(しぶかわ・きよひこ)1974年(昭49)7月2日生まれ。群馬県出身の45歳。モデル活動を経て、98年「ポルノスター」で俳優デビュー。13年「そして泥船はゆく」で映画単独初主演。15年「お盆の弟」でヨコハマ映画祭主演男優賞、19年「半世界」で高崎映画祭助演男優賞を受賞。近年の主な出演作に「アレノ」、「柴公園」、「閉鎖病棟―それぞれの朝―」などがある。