喜多村緑郎が謝罪「すべてわたくしの責任」不倫報道

引用元:日刊スポーツ
喜多村緑郎が謝罪「すべてわたくしの責任」不倫報道

6日発売の「週刊文春」で、女優鈴木杏樹(50)との不倫を報じられた劇団新派の俳優喜多村緑郎(51)が同日、所属事務所を通じて「今回の出来事はすべてわたくしの責任です」とのコメントを発表した。

【写真】喜多村緑郎・貴城けい夫妻のツーショット

喜多村は「鈴木杏樹さんとわたくしに関して報道されている内容は事実です。わたくしの未熟さゆえに、妻、妻のご家族、仕事の関係者、日ごろから応援していただいている皆さま、そして鈴木杏樹さんご本人ならびにお仕事先や周囲の皆様に多大なご迷惑をおかけいたしました。今回の出来事はすべてわたくしの責任です。今後はもう1度いちから自分を深く見つめなおします。本当に申し訳ございませんでした」と謝罪した。

喜多村の妻は元宝塚歌劇団宙組トップスター貴城けい(45)。

同誌によると、鈴木と喜多村は昨年10月の舞台共演をきっかけに親密になったという。手をつないだり、海辺でキスをする写真や、ラブホテルに行った様子などが掲載されている。

◆喜多村緑郎(きたむら・ろくろう)本名神田和幸。1969年(昭44)1月6日、新潟県生まれ。国立劇場歌舞伎俳優研修修了後、88年4月に初舞台。市川段四郎門下で市川段治郎を名乗り、94年に市川猿之助(現猿翁)の部屋子に。スーパー歌舞伎「新・三国志2」で猿之助の代役を務めたり、「ヤマトタケル」にも主演。11年に2代目市川月乃助と改名。16年1月に劇団新派に入団、同9月に2代目喜多村緑郎を襲名。13年に元宝塚トップ女優の貴城けい(45)と結婚。

◆鈴木杏樹(すずき・あんじゅ) 本名・鈴木香公子。1969年(昭44)9月23日、大阪生まれ。アメリカンスクール出身の語学力を買われ、87年レコード会社の海外進出プロジェクトでロンドンへ。シングル曲2枚リリース。92年(平4)9月「パテオ1・2」で女優デビュー。同年のTBSドラマ「十年愛」、93年(平5)のフジドラマ「あすなろ白書」などに出演し人気上昇。フジ音楽番組「ミュージックフェア」司会を95年(平7)から06年(平18)まで、歴代司会者最長となる20年半務めた。98年(平10)に当時、日大駿河台病院第3外科医師の山形基夫さん(42)と入籍。13年(平25)に死別した。