4度目の“落選”湊かなえさんはなぜ直木賞を取れないのか…人気イコール受賞とならない理由

引用元:スポーツ報知
4度目の“落選”湊かなえさんはなぜ直木賞を取れないのか…人気イコール受賞とならない理由

 新刊を出せばベストセラー、作品が映像化されれば大ヒット。そんな人気作家が、またも直木賞を逃した。

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 15日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれた第162回芥川賞・直木賞の選考会。直木賞には2018年の「天地に燦(さん)たり」で作家デビューしたばかり、今回の候補作「熱源」(文藝春秋)がわずか2作目の川越宗一さん(41)が輝いた。

 しかし、受賞者発表の15分後に約100人の文芸担当記者が詰めかけた選考委員による会見のハイライトは川越さんではなく、残念ながら“落選”となったベストセラー作家への選評だった。

 今回、「落日」(角川春樹事務所)で4度目のノミネートとなった湊かなえさん(46)。07年、「聖職者」で作家デビュー。翌年、同作を収録し、松たかこ子主演で映画化もされた「告白」がベストセラーに。累計売り上げ300万部を超えた同作で本屋大賞を受賞して以来、16年の「ユートピア」で山本周五郎賞、10年の「贖罪」では世界ミステリー界の最高峰と言われる英エドガー賞の候補になるなど、人気、実力とも現在の出版界トップクラスの女性作家であることは、みなさん、ご存じのとおりだ。

 今回も他の候補者4人が初ノミネートなのに対し、湊さんだけが4度目のノミネート。“4度目の正直”での受賞濃厚とささやかれるほどの大本命だった。

 しかし、待ち構えた記者の前に名前が張り出されたのは川越さん。会見に9人の選考委員を代表して登場した浅田次郎さん(68)は「今回は初ノミネートという方が多くて混戦が予想されましたが、第1回の投票で川越さんが一歩抜きん出ていた」と最初から川越作品の評価がダントツだったことを明かした。

 その上で「その後、(二次の決戦投票に)3作残すか、4作残すかの議論がありました。(川越さんに加え)小川(哲)さん、誉田(哲也)さんを残し、そこに湊さんを加えるかどうかという議論があった。結局、2回目の投票に4作が残り、川越さんの作品に決定した。小川さんが次点でした」と説明した。

 川越さんの作品について、「アイヌという異民族への解釈が優れていた。逆に少しアイヌへの理解が足りないのではと言う意見もあったが、近年まれに見る大きなスケールで小説世界を築き上げていた。登場人物も生き生きと魅力的だった。相当難しい資料を咀嚼(そしゃく)して大きな作品を書いたと評価した」と称賛。「小説らしい小説。スケールの割には分かりやすい小説だと思った。やはり、一番分かりやすい小説が受賞作でした」と浅田さんは続けた。

 そして、受賞作への講評もそこそこに質問は湊さん落選の理由に移った。

 「個人的意見ですが、湊さんは数を書いていらっしゃる、売れていらっしゃるということでストーリーテリングには一日の長がありました。湊さんを決戦投票に残さないのはおかしいのではないかという意見がありました。売れているということは支持があるということ。そこで湊さんも(決戦投票に)加えたが、あまり強く推す意見がなく、残念でした」と浅田さん。

 さらに湊さんについて、「何回も候補になると、(過去との)縦の評価が出てきてしまって、前の作品への評価と比べてしまう。そうした点で何回も候補になった方には不利な面もある。でも、今回は小説的な構成を持っていて、完成度が高い。『ここで、この作品で取らないと』という意見もあった。しかし、文章がくどいのでは、分かりづらいのではという意見がかわされた結果、良い結果は得られませんでした」と明かした。

 淡々と、しかし率直に答える浅田さんの声を聞きながら、私は「湊さんも今頃、担当編集者と一緒にどこかで朗報を待っていたんだろうな」と思った。

 ノミネートされた作家は選考会後に東京・内幸町の帝国ホテルで行われる受賞会見に出席するため、通常なら都内で出版各社の担当編集者とともに電話連絡を待つ。

 私もこれまでに何回か作家や編集者とともに朗報を待ったことがあった。中でも記憶が鮮やかなのが、96年下期に処女作「不夜城」でいきなりノミネートされた馳星周(54)さんのケース。その直前に「不夜城、映画化」という制作ニュースを書いた縁で担当の角川書店(現KADOKAWA)の編集者に声をかけてもらい、東京・新宿の居酒屋で馳さんや各社の担当編集者、文芸評論家の北上次郎さん(73)、大森望さん(58)らと連絡を待った。

 しかし、結果は落選。会合はいきなり残念会となり、北上さんの発した「せっかく取材に来てくれた報知さんのために見出しを考えよう」という言葉から会は“編集会議”に。馳さんが落選直後に思わず漏らしたコメント「(本が)売れているからいいです」を、そのまま見出しとしていただいて、その場で記事を書いた思い出がある。

 02年下期には「このミステリーがすごい」など前年末のミステリーアンケート3冠に輝いた横山秀夫さん(62)のベストセラー「半落ち」が「設定に事実誤認の欠陥がある」というそれこそ選考委員の事実誤認による落選の憂き目に遭った。横山さん自身が落選より選考委員の“不勉強ぶり”に激怒し、直木賞への決別宣言を行った。この際も横山さんにじっくり話を聞き、その明らかに誤った選考経過にこちらまで怒りを覚えたことがあった。

 当代一の人気作家・伊坂幸太郎さん(48)も「重力ピエロ」などで5回に渡ってノミネートされた末、候補に挙がるたびに周囲に巻き起こる騒動と直木賞の影響力の高さによる環境の変化を憂慮し、選考対象となること自体を辞退したこともあった。

 そう、「半落ち」、「不夜城」のケースに限らず、あくまでトップ作家の中から選ばれた選考委員が候補作をすべて読んだ上で受賞作を決める“採点競技”なのが、直木賞。人が人を選ぶものだけに各選考委員の好み、文学観が露骨に反映されるのは事実。作品の人気や売れ行き、それぞれの愛読者の思いや前評判の通りとはいかず、意外な受賞作、残念過ぎる落選作が生まれるのが、常とも言える。

 そして、今回も人気面、売り上げ、知名度では、ダントツの湊さんが落選の憂き目に遭った。本が売れず、町の書店が次々と閉店に追い込まれる出版不況の中、湊さんのような人気作家の受賞こそが出版界活性化のカギのような気もするが、一方であくまで著名作家の慧眼(けいがん)に任せ、作品の質で選ぶ直木賞の姿勢は「文芸」という世界を守るためには貴重なものなのだろうとも思う。

 選考委員を代表して湊作品への厳しい選評を明かした浅田さんはメガネの奥の優しい目を輝かせると、こう続けた。「私自身も大きな作品で落ちて、次の短編集で取った。それは、その後の私にとって大きなプラスでした」―。現在の文壇トップに位置する大物作家にも96年上期に本命視された大長編「蒼穹の昴」で落選、1年後の97年上期に短編集「鉄道員(ぽっぽや)」でリベンジを果たした経験があった。

 そう、07年のデビュー以来、「落日」まで23冊の小説を生み出し、私たちを楽しませ続けてくれている湊さん及びその作品への評価、人気は落選したからと言って、いささかも揺るがない。

 私自身も真梨幸子さん(56)と並ぶ「イヤミス(後味の悪いミステリー)」の先駆けと言える「告白」を読み終えた時の衝撃は忘れられないし、「贖罪」「白ゆき姫殺人事件」など好みの湊作品も数多い。だからこそ、湊さんがとっとと受賞して、直木賞という“くびき”なんて卒業して欲しい気もしている。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆第162回直木賞候補作 川越宗一さん「熱源」(文藝春秋)、小川哲さん「嘘と正典」(早川書房)、呉勝浩さん「スワン」(KADOKAWA)、誉田哲也さん「背中の蜘蛛」(双葉社)、湊かなえさん「落日」(角川春樹事務所)

 ◆直木賞選考委員 浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、宮城谷昌光、宮部みゆき(敬称略) 報知新聞社