『エクソシスト』信仰を失った神父が、“神”を取り戻すまでの物語

引用元:CINEMORE

 『エクソシスト』(73)は、映画史にその名を刻むホラー映画の偉大な金字塔だ。

 ウィリアム・ピーター・ブラッティの同名小説を、『真夜中のパーティー』(70)や『フレンチ・コネクション 』(71)を手がけた俊英ウィリアム・フリードキンが映画化。その年の興行収入第1位を記録し、アカデミー賞では全10部門にノミネート、うち脚色賞と音響賞の2部門を受賞した。そして『エクソシスト』は、初めてアカデミー作品賞にノミネートされたホラー映画でもある。

 怖い。確かに『エクソシスト』は今見ても相当に怖い。リーガン(リンダ・ブレア)の首が360度回転したり、後ろ向きにブリッジしながら階段を猛スピードで降りる「スパイダー・ウォーク」のシーンなんぞ、ショッキングすぎてトラウマ確実。

 公開当時、この映画を見た観客が気を失って顎を骨折し、ワーナーブラザーズを訴えたというのは有名な話。イギリスでは多くの町議会が映画の公開を禁止したため、旅行会社が映画を鑑賞するバスツアーを企画した、というエピソードもあるくらいだ。

 しかしこの映画が内包する本当の恐ろしさは、単なるホラー描写にあらず。それは、「人間が、神の存在を信じられなくなったことへの恐怖」である。

 それを体現する存在が、カラス神父(ジェイソン・ミラー)。一見すると本作は、メリン神父(マックス・フォン・シドー)と悪霊パズズによる、神と悪魔の代理戦争に見えるが、実は「信仰を失った神父が、“神”を取り戻すまでの物語」という、哲学的ヒューマン・ドラマでもある。本稿では、彼にスポットを当てて『エクソシスト』を考察していこう。


『エクソシスト』信仰を失った神父が、“神”を取り戻すまでの物語


『エクソシスト』 ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント (c)2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

倫理的にアウトな演出によって引き出された、“リアルな芝居”

 ポール・ニューマン、ジャック・ニコルソン、ダスティン・ホフマン、ジーン・ハックマン、ウォーレン・ベイティ、バート・レイノルズ、ライアン・オニール、ピーター・フォンダ、アル・パチーノ、ジョン・ヴォイト、クリストファー・ウォーケン、アラン・ドロン、ジェームズ・カーン、ロイ・シャイダー…。

 映画界を代表する名優ぞろいだが、彼らの共通点がお分かりになるだろうか?正解は、カラス神父役として名前の挙がった俳優たち。映画の実質的な主役として、当初はスター俳優のキャスティングが検討されていた。しかし、最終的にカラス神父役を射止めたのは、無名のジェイソン・ミラー。監督のウィリアム・フリードキンが、舞台での彼の演技に感銘を受け、カラス神父役に抜擢したのだ。

 その期待に応え、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされるほどの熱演を見せたジェイソン・ミラー。しかしその裏には、徹底したリアリズムにこだわる、ウィリアム・フリードキンの“ドS全開演出”があった。

 本当に驚いた表情を引き出すために、フリードキンがジェイソン・ミラーの耳の近くで突然銃を発砲して、彼を逆ギレさせたのはまだ序の口。リーガンが緑色の嘔吐物をカラス親父の顔に浴びせるシーンでは、元々は胸を狙うと説明しておきながら、誤って(もしくはフリードキンが仕組んで)顔面に発射。嘔吐物を拭き取る時の嫌悪感に満ちた彼の表情は、本物のリアクションだったのである。

 もちろん、被害者はジェイソン・ミラーだけではない。カラス神父の親友・ダイアー神父を演じているのは、イエズス会の本物の司祭であるウィリアム・オマリーだが、動揺した芝居を引き出すため、フリードキンは撮影直前に彼を平手打ち。ベッドが揺れてリーガンが泣き叫ぶシーンは、想像以上の振動による本物の絶叫だ。

 倫理的にアウトな演出のオンパレードだが、なぜウィリアム・フリードキンは、そこまでして“リアルな芝居”にこだわったのか?それは、俳優のお仕着せの芝居では、この映画が内包している「神の不在」と言う哲学的テーマは扱えない、と思ったからではないだろうか。