『DEATH STRANDING』が実際の宅配業を元にしたらどうなる? 「リアル・ストランドゲーム」を妄想してみる【年始特集】

引用元:Game Spark
『DEATH STRANDING』が実際の宅配業を元にしたらどうなる? 「リアル・ストランドゲーム」を妄想してみる【年始特集】

年末年始にはたくさんのお届け物がありましたよね。年の瀬のクリスマスプレゼントに、年明けの年賀状などなど……こんなにたくさんのお届け物から思い出すのは、昨年話題となったあのゲームしかありませんよね。そう、『DEATH STRANDING』(以下、『デススト』)です。

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『デススト』はリリースされるまでどんなゲームなのか明かされていなく、謎に包まれたタイトルでした。荷物の配達が中心となるゲームだった、ということに多くのファンが驚いたでしょう。

しかし実際に配達業を行った筆者からすれば、『デススト』の配達はぬるいんですよ。重い荷物だとか安全に届けるとかそういうのは当たり前。現実の配達業者はミュールや時雨みたいなトラブルは常時クリアしていますから。お客様や配達センターの方との「リアルなストランドゲーム」を通過した身には、 “#デスストでつながれ”の意味もまた違って見えています。

というわけで、本稿では「もしも現実の宅配業のエッセンスを詰め込んだ『DEATH STRANDING』の続編が出るとしたら?」というテーマで、年末年始に膨大な配達量を経験してきた筆者がその内容を妄想させてもらいます。

『デススト』が実際の宅配を採用するとこうなる!
■そもそも時間指定がキツい

まず『デススト』で “ぬるい”と感じるのは、基本的に時間指定の依頼がそこまで多くないことなんですよ。あったとしても、かなり余裕がありますよね? 現実ではけっこうな荷物に時間指定がかけられています。

実際の配達では「午前中」、「12時から14時」や「14時から16時」のように、2時間置きの時間指定のルールがあるわけです。『デススト』で例えて言うと、「午前指定の荷物はK2配送センターとルーデンス・マニアのお宅で、12時~14時指定はK2西中継ステーションで……」と想像以上に細かく組まれており、配達ルートの構築がとても大事だったのです。経験上、時間指定を守るのはだいたい午前中が一番キツかったですね。

筆者は「ゲームに慣れる中盤あたりに厳しい時間指定のある依頼が届いて、プレイヤーに配達プランをガッツリ考えさせる仕掛けが出てきそうだな」と構えていたんですが、実際のゲームプレイにそんなことはありませんでした。

そんな想像をしてしまうほど「時間指定」は重要なものだったのです。そんなわけで、ここからの想像はすべて「時間指定で配達に追われている」ことを前提にお読みください。

■配達に行っても受け取る人が不在

『デススト』で一番「なんて楽なんだ……」と感じたのはこれですね。ほとんどの配達先に受取人がいることです。しかもどうやら宅配ボックスのような設備もあるようですし。

現実はというと、けっこうな割合で受取人がいないんですよ。特に平日。そしてほとんどの場合、宅配ボックスは配置されていません。軽いルーデンスのフィギュアみたいな荷物ならいいですけど、「金属(1000)」みたいな荷物を頼んでおきながら一週間も不在みたいなケースもありましたからね。

なので、不在票を書いてポストに投函しなくちゃいけないのです。この不在票を書くのにまた時間を取られるんですよ。一回で配達できれば時間はかからないんですが、時間指定もあるため、大急ぎで書くわけです。読者の皆さまは「不在票の字、汚いな……」と思ったことはありませんか? 裏にはこういう理由があったのです。

えっ? 「自分が暮らしてる地域の不在票の字は綺麗ですよ」? おめでとうございます!配達人グレード900オーバーのガチ勢があなたの地域で配達してくれています。

■不在だった人が戻ってきて急に連絡

たとえ話ですが、リアルに配達業のエッセンスを取り入れたとすると「映画監督もいなかったので不在票を書いたし、次の16時~18時指定の荷物をスピリチュアリストに持っていこう!」とプランにそって配達を進めることも多いんですね。ところが山に登り始めたあたりでカイラル通信で次のような連絡が来るわけですよ。

「映画監督です! さっきはトイレに行ってて受け取れませんでした。でも今から外出しなきゃいけないから、17時までに再配達できませんか?」……こういうハードコアな注文が。こうなってしまったら、とにかく時間が足りないので急遽電話で、じゃなくてカイラル通信で交渉して「じゃあ明日の午前中に受け取れますんで……」というところに落ち着いていくことでしょう。

こういう唐突な配達や集配依頼が飛び込んできて、そのたびに配達プランを組みなおすわけです。時間を守らなければならないジレンマを抱えながら、なんとか最適解をその場その場でたたき出しながら次の配達先に向かっていくのです。

■肝心の荷物を渡す瞬間に罠がある

もうひとつ「これは『デススト』のほうが楽だな」と思った点は、依頼された荷物を確実に渡せていることです。それって当たり前では? どういうこと? と思う方もいらっしゃるでしょう……実際にはたまに間違えるんですよ。渡す荷物を。

お客様にお届け物を渡す瞬間にこそ、落とし穴があります。ネット通販の箱や大手百貨店の紙袋みたいに、大きさも似通っていて、ほとんど同じ箱のものが重なると、渡す荷物を勘違いしてしまうことがあるんですね。

そんな配達ミスは、時間に追われることもそうですが、作業に慣れてきたことで、配達先の名前が一致しているか確認を怠った時に起きるんです。忙しいときの疲労も関係がありますね。『デススト』なんて、見た目の似たケースがあれだけあるんですから危なすぎますよ。

ちなみに筆者も間違えて配達したことがあり、そのときは職場のデッドマンと一緒にお客様に謝りに行っていました。

■冷蔵・冷凍品がある

荷物を痛めてしまう要因には運び方や雨風の天候がありますが、そもそも荷物がデリケートすぎる場合もあるわけです。割れ物はもちろんですが、一番は冷蔵・冷凍品です。『デススト』にはこれが無いんですね。

冷凍・冷蔵品の配達では、溶けたりしたら大問題ですよね。生身で直接荷物を背負って配達するなんてもってのほかで、冷凍室が内蔵されているトラックが無ければまず配達は無理なわけです。

また冷蔵品と冷凍品でもデリケートさが異なります。冷凍品だと、たとえばアイスを配達することもあるわけで、より慎重に取り扱わなくてはいけないのです。さらに気温の高い夏場などは、いつも以上に溶けないように気を付けなければならず、配達方法を考えなくてはなりませんでした。

冷凍品の配達の厳しさに比べれば、小型核爆弾の配達なんて楽勝でしたよ。ちゃんと配達すると都市がひとつ消し飛びますし自分も死にますけど、どうあれちゃんと仕事した後だしクレームはありませんよね?(まあそうなったらクレームを聞くこともないのですが)。しかもあの荷物、廃棄して許されるあたりすごいことですよ。もはや配達業に限らず、あんなものを現実で雑に廃棄したら大事件ですからね。

■繁忙期がクライマックスに待ち受ける

『デススト』の主な物語はアメリカを復活させていくことに加え、ビーチやBTの真相がなんなのかを追っていくものでもあるのですが、実際のゲームプレイにおいて、山場やクライマックスに配達そのものは据えられていないんですよね。

その点、現実では配達の山場があります。繁忙期です。主に夏と冬にかけ、暑中見舞いやクリスマスプレゼントなどで溢れかえる時期で、通常の配達量が倍近くになります。

運送業の一年をゲームに例えると、中盤と終盤にクライマックスが来るわけですね。夏場が葦名弦一郎で冬場が葦名一心です。すいません、難易度の高さで有名な別タイトルのキャラを出してしまいました。それくらい大変でした。

よくできたゲームのクライマックスには、これまでに経験してきたすべてのテクニックを駆使しないと歯が立たず、駆使したとしても勝てるかどうか分からないものが現れますよね。筆者にとって繁忙期はまさしくそれでした。

膨大な時間指定付き荷物を見て、配達プランをすぐさま組み、不在票をリズミカルに書き、急遽の再配達にも対処し、荷物を渡す瞬間にも「宛先はお間違いないでしょうか?」と確認。もちろん冷蔵・冷凍品は溶けないよう注意する。すべての技術を投入し、大晦日も元旦も仕事していました。仕事納めが新年、しかもわりと後のほうになったことはもはや懐かしいです。

現実はこれでエンディングではなく、その膨大な作業量は筆者の心を確実に蝕んでいきました。

次のページ:逆に注目してみましょう。『デススト』と現実の配達で同じ部分はある?

『デススト』とリアル宅配業の同じ部分
ここまでは「もし『デススト』が現実の宅配業を反映していったら、こんなゲームルールになって、しっかりと配達するのにこんなジレンマがあるのではないか」という話をしていました。しかし荒唐無稽なSFの世界観ながら、あながち現実の宅配業と変わらない部分もあります。

■配達員の仕事ぶりがグラフ化されて表示

『デススト』では荷物を一個配達するたびに、どれくらいうまく配達したかによって配達人グレードが加算されますよね。現実の配達人を評価するシステムも、企業によっては本当に存在しています。

各配達業者のサービスの質、一時間にどれだけの配達が完了できているかを数値化し、トラックの運転もどれだけ安全にできているかまで記録され、どれだけ貢献できているかをかなり具体的に見られていました。社内評価はもちろん、自分のステータスも一目でわかりますから、なかなか心に響くんですよね。

■ミュールみたいに荷物を奪う地域もある

これは幸いにも自分は経験しなかったのですが、場所やタイミングによっては配達物が盗難されることもあるんですよね。トラックから離れたときのほか、台車を利用した配達のときなど、危ない瞬間はいくつもあります。なので、トラックにカギをかけたり、防犯を徹底していないと荷物が盗まれかねないのです。

ちなみに「配達依存症」はフィクションです。ただ他に仕事が無く、もはや配達業しかやれるものがなくてやらざるを得ない人はたくさんいます。

■何度か配達に行くうちに客の背景がうっすらわかる

ジャンク屋とカイラルアーティストに何度か配達しているうちに、ふたりが恋人の関係になって、結婚していくのを見ていく……というシーンがありますよね。同じお客様と何度も配達していくと、このイベントに近いことはありましたす。

お客様に何度か配達に向かうなかで、筆者も遭遇しましたよ。残念ながら明るい話ではないのですが……。

過去のお客様で、いつもにこやかな主婦の方がいらっしゃいました。でもなにか笑顔にぎこちなさを感じるな、と思ったりもするんですね。ある日、その方に荷物を配達しに行ったら、目に青タンができていて……それでもいつものように笑って受け取ってくれるわけです。何かを顔にぶつけてしまったのかもしれない、転んでしまったのかもしれない、もしくは家庭内で何かがあったのか……? などと、いろいろと考えてしまうのです。

いまこの文章を書きながら、その他にも「ここの家は大丈夫なのだろうか」というケースをいくつか思い出してきました。当時は一緒に働いている他の配達員と、なにか問題が見える家庭を発見したとき、どのあたりで通報や相談をしていくべきなのだろうという話もしていました。

ちなみに、頑張って配達した荷物をお客様にヒステリックに破壊されたことはありません。

■ヤバい客に絡まれる

サムが配達を続けるなかで、クリフと過去の世界大戦の戦場にて闘うシーンをプレイしながら筆者は「懐かしいなあ」と思っていました。配達時代、ヤバい客と怒鳴り合いの喧嘩になった経験があったからです。

膨大な荷物を捌かなくてはならない年の瀬に、心が荒んでしまっていたからでしょうか。気性の荒いお客さんを相手に、配達の仕方や対応が原因で諍いになってしまったんですよね。

この段階で「そろそろ配達業を辞めよう、精神と肉体が追いつかない」という状況に陥っていました。気性の荒いお客様もなかなかの性格で「俺に文句あるなら決闘しろ! 場所は指定するからよ」と言われ、まるで昭和みたいだと思いました。心の内で「e-Sports元年だから『ストV』ならやってやるよ」と喉元まで出かかっていましたが、黙っていました。

『デススト』の場合、ヤバい人との喧嘩がゲームの山場ですからね。筆者も別の仕事に転向しようと思い始めていたころなので、途中までサムも配達を辞めるのかな、と思っていました。

ちなみに、そのあと職場のデッドマンと謝罪に行きました。

■配達センターで働くみんなに思惑がある

アメリカを繋げる活動を続ける「ブリッジズ」のメンバーは、同じ目標を持った一枚岩のグループかと思いきや、メンバー間に思惑があり、各々が他のメンバーに対して動向を探っている様が見られます。

実際の配達業にも、こういう人間関係が意外にあるのです。一緒のセンターで仕事をしながら、配達人によっては上の管理側に移行しようと画策する者、センター長と現場の配達業者とで露骨に態度の違う者……ハートマンばりに休みがちな、仮病を使っていた大学生バイトの方も懐かしいです。

仲間内で飲みに行くと、職場のダイ・ハードマン先輩が受付・事務担当のフラジャイルさんについて、角ハイボールを飲みながら悪く言ったりしてるわけです。あいつはビーチに行ける力で上の方に媚びを売ってるとかなんとか。

『デススト』が現実の配達業を参考にしたとしたら、ルールも大きく変わるので、ゲームプレイも大きく変わっていくことは確かです。配達を完了させるジレンマも「いかに転倒せず、荷物を炒めないようにするか」から、時間の問題やサービスの問題も含まれたものになり、もっと複雑な体験になるでしょう。

なにより、現実の配達では人のエゴに触れることも多く、お客様はもちろん一緒に仕事する配達の人たち、そして自身も含めて泥臭い出来事があります。配達に向かえば確実に荷物を受け取ってくれる人がいるということは、現実のすべての配達業者の理想なのです。お客様にもそれぞれ仕事や生活があります。しかし何日も不在で受け取れないというのは、それだけで誰かのエゴの都合になっているのです。

『デススト』が「ゆるい繋がり」を目指した非同期オンラインを実現していることをはじめ、人のエゴと距離をとった繋がりまで描いているのは確かです。しかし配達の現実では逆で、常にうっすらとした他人のエゴと触れ続けているものなのです。実際の配達業と比べれば、他人のエゴにほとんど触れることのない『デススト』の配達はユートピアのようでした。 

もしも続編でこうした泥臭さや、リアルな配達をゲームデザインに含めたとしたら、テーマである「繋がり」の意味も変わってしまうことでしょう。それがゲームとして面白いかどうかは未知数ですが、感情を揺さぶるような体験にはなるかもしれません。実際の「なわ」にはいろいろな色・形があり、良くも悪くも繋がったり切れたりしていく……現実で配達業を経験していた筆者は、『デススト』をプレイすることでそんなことを思い出すことができました。 Game*Spark 葛西 祝