花澤香菜に直撃!『HUMAN LOST 人間失格』の葉蔵は「どうしてあげればいいのかわからない青年」

引用元:Movie Walker

太宰治の筆による近代文学の名作「人間失格」を大胆に再構築した『HUMAN LOST 人間失格』(公開中)。医療革命により「死」という概念を克服した昭和111年の日本を舞台とする本作は、健康管理によって社会を存続させる組織「S.H.E.L.L.(シェル)」に属する柊美子(よしこ)と、格差と腐敗がはびこる社会をリセットしようと試みる堀木正雄、その二者の間で揺れる主人公の大庭葉蔵の葛藤を描くSFアクションだ。本作で重要なキャラクターである美子を演じた花澤香菜に、原案となった小説との違いや共通点、作品の見どころを聞いた。

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■ 「世界の中で葉蔵がどのように生きていくのかにきちんと焦点が合っています」

原案の「人間失格」がオリジナルSFアニメーションとし製作され、そのヒロインである美子を演じることが決まった際、花澤は「とてもワクワクした」と振り返る。「脚本や設定を見て、さすがだなあと感じました。医療革命によって長寿を実現し“合格者”となった老人たちと国民をネットワークでつないで、長寿大国になった日本。全国民の健康を管理する国家機関“S.H.E.L.L.”の仕組みや複雑な社会システムの作り込み、どれもとても緻密に考えられていて驚きました。でも、ただ『難しい』と感じるものではなく、その世界の中で葉蔵がどのように生きていくのかにきちんと焦点が合っていて、そこをしっかり作品の軸として楽しめるところがすごいなと感じました」

花澤が演じた柊美子は、この世界で稀に起こる人間の異形化「ヒューマン・ロスト現象」を感知し、抑える能力を持った女性だ。S.H.E.L.L.の広報官でもあり、病やケガを克服し、120歳の長命を保証する無病長寿の社会の存続を信じている。「脚本の中に美子を“信じる天才”と表現している台詞があって、この“信じる天才”というのがまさに美子のことを表していると思っています。人類が向かうべき良い未来、その未来のためだけに生きる姿にはまっすぐで芯の強い女の子だなという印象と、危うさのようなものも少し感じました。管理システムに反発し社会の崩壊をもくろむ堀木とは立場的に対立していて、S.H.E.L.L.のためにも葉蔵の信頼を得て味方につけたい。誠実な人物として彼に接していますが、序盤は『本当に味方なのかな?』と疑いたくなるかもしれません(笑)」

■ 「『人類をリセットする』という堀木の考えもわからなくはない」

主人公である葉蔵の印象について、「小説の葉蔵よりもさらに内向的で、どうしてあげればいいのかわからない青年」と花澤は説明する。社会や他人に関心がなく、世界に対して希望を持っていない葉蔵は、親友である竹一のヒューマン・ロストと、自らの力の覚醒によって美子に見出され、S.H.E.L.L.の思惑に巻き込まれていくのだ。

「現代に生きている私個人としては、『人類をリセットする』という堀木の考えもわからなくはないんです。人間が死ぬことなく、老人たちが“合格者”として支配する世界には怖さみたいなものも感じます。でも、もちろん医療技術の進歩によって救われる命もあるんですよね。美子は人類をリセットするのではなくて、今まで積み重ねてきたものを肯定して、明るい未来へ導こうとしていて…。美子はストーリーのクライマックスに向けて葉蔵が自ら動く“動機”になるキャラクターでもあって、葉蔵が心の中に閉じ込めていた過去の出来事と向き合うきっかけにもなります」と美子と葉蔵の関係性についても捕捉。

「葉蔵が過去のトラウマを思い出して取り乱すシーンで、美子は『それでも進むしかないんです!』と強い言葉で葉蔵を励まします。あれは彼女が唯一人間らしく、本音を見せたシーンかもしれません。葉蔵と美子はお互いに心の中を引き出しあっていたのかも」

■ 「私が演じた美子の声に対して表情が付いていくのは貴重な経験」

完成した作品を観て、そのビジュアルの完成度にも興奮したという花澤。「『踊る大捜査線』シリーズも手掛けた本広克行さんがスーパーバイザーということもあって、序盤の暴走シーンでレインボーブリッジが封鎖されるところなんかはテンションが上がっちゃいました(笑)。CGだからこそできる表現もあちこちに散りばめられていて、収録時にはコンテを見ながら『どんな映像なんだろうな』と悩みながら演じるところもあったのですが、完成した映像を観てなるほど!と感心しました」

本作の収録は映像の制作よりも先に音声を収録する「プレスコ(プレ・スコアリング)」で行われた。演じる側としては、通常のアフレコとどのようなところが違うのだろうか?「会話のテンポや間を自分たちで決められるというのは、すごくやりやすかったです。カットの切り替わりなどの要素をあまり意識せずに演じられるので、人間のリアルな呼吸に合ったテンポになっていると思います。普段はキャラクターの表情に合わせて台詞にも表情をつけますが、今回はその逆で、私が演じた美子の声に対して表情が付いていくのは貴重な経験でしたね。ロスト化した葉蔵と対峙するシーンでは、その恐怖感をもっと出すためにアフレコで録り直したりもして…。映像制作の皆さんも、とてもエネルギーをかけて作り上げてくださったと思います」

■ 「原案と『HUMAN LOST 人間失格』はまったく違う世界観」

『HUMAN LOST 人間失格』には、原案となった小説版を知る“太宰ファン”が思わずニヤリとしてしまうような台詞や演出が随所にみられる。「私ももちろん原案となった小説は読んでいたので、冒頭の『第一の手記』というワードだけで『あ、これは!』ってなっちゃいました(笑)。バーの店主であるマダムも出てきますし、登場するキャラクターや機関の名前なんかを見ても『この役どころなんだな…』と楽しめるはずです。葉蔵の苦悩や、堀木と美子の間で揺れる心の動きは、原案の葉蔵と似ている部分があるかもしれません。原案と『HUMAN LOST 人間失格』はまったく違う世界観なので、実際にどんなものになっているのかをぜひ劇場で観ていただきたいです。反対に、小説を読んだことがないという人はきっと、この作品を観たら読んでみたくなるんじゃないかな。1回観ただけでは補完しきれない部分があるかもしれないので、気になったところをまた観たりしながら楽しんでいただけると思います」

花澤は『HUMAN LOST 人間失格』を、「人間」に合格する・失格するとはどのようなことを意味するのか、人間とはどんな存在なのか、そんな問いを投げかけてくる作品だと評した。緩やかな崩壊へと進みつつあるようにも見える昭和111年の日本で繰り広げられる新たな「人間失格」を、ぜひ観届けてほしい。(Movie Walker・取材・文/藤堂真衣)