2019年回顧・文芸 目立つ女性作家の台頭 直木賞候補では独占

引用元:産経新聞
2019年回顧・文芸 目立つ女性作家の台頭 直木賞候補では独占

 新しい元号、令和の典拠となったのは万葉集だった。異なる立場や地方の人々の感情が織りなす日本最古の和歌集が誇る「多様性」は、この1年の文芸シーンにも当てはまる。多種多彩な物語からは移りゆく時代にあって変わらないものも見えてくる。

 「歴史は繰り返す。ある種のサイクルがあるのかもしれない」。そう話した島田雅彦さん(58)の『人類最年長』(文芸春秋)は転生を重ねて159歳になった天涯孤独な男が日本の近現代をたどり直すコミカルな年代記。明治から平成の終わりへ…。時々の技術革新や風俗の変遷を描く筆は、むしろその底流に変わらずある人間の自由を求める精神を照らしていた。

 戦後の日米関係を隠喩的に紡いだ阿部和重さん(51)の「神町3部作」完結編『オーガ(ニ)ズム』(文芸春秋)は、虚実が入り乱れる高度情報社会を生きる人々の焦燥も直視する。同じ問題意識は上田岳弘さん(40)の『ニムロッド』(第160回芥川賞、講談社)にも流れていた。

 ■少数者の声

 今夏の第161回芥川賞を受けたのは、今村夏子さん(39)の『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)。普遍的な人間の孤独をユーモラスにつづった切なくも痛快な一編だった。同じ回の直木賞は史上初めて女性作家6人が候補を独占し話題となった。実際、生きづらさを抱えた女性やマイノリティー(少数者)の声をすくい上げる作品の存在感は増している。

 「人間が生まれてきて生きていく。そのことの選択と痛みを受け止めてもらえたら」。川上未映子さん(43)の『夏物語』(毎日出版文化賞、文芸春秋)には苛烈な幼少期を過ごし「出産は親の暴力」とまで言い切る反出生主義の女性が出てくる。人はなぜ人を生もうとするのか-。その問いは生殖技術が発達した今、とりわけ重く響く。

 古谷田奈月さん(38)の『神前酔狂宴』(野間文芸新人賞、河出書房新社)は結婚や性別意識などをめぐる“常識”の空虚さを暴いてみせた。哲学者、千葉雅也さん(41)の小説デビュー作『デッドライン』(野間文芸新人賞、新潮社)はフランス現代思想を糧に現実と闘うゲイの大学院生の物語。自らの体験も投影した情景の随所にマイノリティーへのさりげない励ましがあった。

 女性を苦しめる偏見や差別を告発した韓国文学『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)の15万部のヒット、フェミニズムを特集した文芸誌「文芸」(河出書房新社)の相次ぐ増刷もこうした潮流を印象づけた。

 ■痛みの先に

 東日本大震災から8年余り。悲しみと喪失感に寄り添う物語の力は変わらない。

 「つぶれたままの人間を僕は想像できない。亡くなる直前になって、ふっと人生に何かの益を見いだせたらそれも再起ですよね」と言ったのは横山秀夫さん(62)。6年ぶりの長編『ノースライト』(週刊文春ミステリーベスト10・国内部門1位、新潮社)は消えた施主一家の謎を追う建築士の心を丁寧に、熱をこめて描く。二転三転するミステリーは、バブル崩壊でどん底に落ちた男の再生をことほぐ歌でもあった。

 小川洋子さん(57)が『小箱』(朝日新聞出版)で見つめたのは、亡きわが子の魂とともに慎み深く生きる親たち。作中、息子を亡くした女性が言う。〈何度も時間を巻き戻しているうちに、過去と自分の我慢比べになって、とうとう過去の方が先に力尽きるの〉-と。痛みに耐え続けたからこそかみしめられる喜びも、きっとある。

 「団塊の世代」の名付け親である堺屋太一さん、日米を文学でつないだドナルド・キーンさん。橋本治さん、田辺聖子さん。時代を言葉で彩ってきた才人が亡くなった。(文化部 海老沢類)