知的障害者の底力 生き生きと描くスペインの大ヒット映画公開

引用元:産経新聞
知的障害者の底力 生き生きと描くスペインの大ヒット映画公開

 スペイン映画のヒットメーカー、ハビエル・フェセル監督(55)が手がけた新作「だれもが愛しいチャンピオン」は、プロバスケットボールのチームをクビになった鬼コーチと知的障害者チームの心の交流を描いた物語。フェセル監督にとっては、知的障害者たちが見せる豊かな表情をいかに生き生きと捉えるか-を日々考えながらの撮影だった。(WEB編集チーム 高橋天地)

【写真】映画「だれもが愛しいチャンピオン」の一場面

 ■新聞記事をヒント

 「鑑賞後、きっと知的障害者に対する見方が変わるはず。職を得て自立し、恋もし、どぎついジョークも飛ばし、夢もある。作中の知的障害者たちは健常者とあまり変わらないですよ」。フェセル監督は語った。

 プロバスケットボールチームで辣腕(らつわん)を振るってきたサブコーチのマルコ(ハビエル・グティエレス)は、短気で、極端な勝利至上主義者。試合中、上司のヘッドコーチと作戦をめぐって対立し、暴力を振るって解雇された。ほどなく国立文化機関の知的障害者チーム「アミーゴス」のコーチを引き受けたが、勝手気ままな言動を繰り返すメンバーに振り回され、就任1日で辞めたくなり…。

 本作は、弱小の知的障害者チームが名コーチを得て全国大会に出場し、まさかの快進撃を続けたエピソードを伝える新聞記事をベースに映画化。2018年にスペインで公開後、年間興行成績1位に輝いたほか、米アカデミー賞外国語映画賞のスペイン代表にも選ばれた話題作だ。

 作中、仕事の合間を縫って大好きなバスケットボールを楽しむ知的障害者たちに心を動かされたマルコは心機一転。競技の持つ深い味わいを伝える指導者へと変わっていく。フェセル監督は「マルコとチームが友情を育み、互いに社会性をも身に付けていく姿を丁寧に描いた」と作品の骨格を説明した。

 ■キャスト本人を描く脚本に変更

 つい空模様と女性の胸に視線を向けてしまう駐車監視員の男、恋人との甘い生活だけが生きがいの気の強い乙女、上司の暴言に耐え抜く飲食店の皿洗いの男、所かまわず誰にでもハグを求めて突進してくるシャワー恐怖症の大男…。登場する知的障害者10人は個性的で、それなりに自立した社会生活を送っている。

 「社会的弱者を守るべきだとの耳ざわりのよいメッセージは一切盛り込まなかった。むしろ彼らが活力に満ち、どれだけ社会に貢献しているのかを示したかったからだ。実際、それこそがリアルな姿であり、物語を豊かなものにしてくれた」とフェセル監督。

 判断の根拠は、キャストを選ぶオーディションで審査員を務めた経験だ。フェセル監督は「参加者約600人のしぐさ、言葉遣い、経歴は独特なものだった。自分の哲学を持っていて、私をワクワクさせてくれた。どんな優秀な脚本家でも思いつかないネタの宝庫がそこにはあった」と指摘。脚本を全面的に書き直し、キャストに選んだ知的障害者本人の個性や経歴をそのまま役柄に取り入れた。

 ■心理的に安全な空間を確保

 演出については「教えるという意識を捨て、知的障害者たちがいつもの自分でいられる安心できる空間を確保すること」を心がけ、ファセル監督は知的障害者たちの表情を必死にカメラに取り込んでいったという。主演のグティエレスにも言及し、「プライベートで知的障害者の息子を育てている父親だけに、撮影では10人のキャストと積極的に意思疎通し、安心感を与え、最高の表情を引き出してくれた」と謝意を口にした。

 本作はスペイン版アカデミー賞とされるゴヤ賞(2019年1月)で11部門にノミネート。作品賞など3冠を手中に収めた。特筆すべきは、駐車監視員を演じたヘスス・ビダル(42)の新人賞受賞だ。

 フェセル監督は「何らかの障害を持つ俳優の受賞は初の快挙。彼はほとんど目が見えないが、必死に役作りに励んだ結果だ」と喜びを爆発させ、ビダルの受賞で「知的障害者の活躍の場がどんどん増えるきっかけになればうれしい」と期待を込めた。

 「だれもが愛しいチャンピオン」は東京・ヒューマントラストシネマ有楽町など全国で公開中。