『カツベン!』高良健吾&現役弁士・片岡一郎が振り返る舞台裏「映画の始まりの時代を生きられた」

引用元:ぴあ
『カツベン!』高良健吾&現役弁士・片岡一郎が振り返る舞台裏「映画の始まりの時代を生きられた」

●キャラクターに感情を込めるのではなく、作品を語るのが活動弁士

周防正行監督の最新作『カツベン!』が上映中だ。舞台は、無声映画が国民の娯楽だった大正時代。活動弁士に憧れる主人公・俊太郎(成田凌)の青春と恋を描いた本作で、高良健吾はスター気取りの活動弁士・茂木貴之を演じている。役づくりに欠かせないのは、活動弁士の話芸を身につけること。そこで、現役の活動弁士である片岡一郎のもと、3ヶ月に及ぶ稽古に励んだと言う。

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「高良さんの演じた茂木とイメージの重なる弁士の方が無声映画時代にいて。その方が自分の芸をレコードに録音されていたので、まずはそれを高良さんに聞いてもらうところから稽古を始めました」(片岡)

「最初に聞いた瞬間、『これが自分にできるのか?』と(笑)。でも、活動弁士は一生に一度出会えるか出会えないかという役。しかも稽古期間を3ヶ月いただけるということだったので、これはどうにか自分のものにしようと気合いを入れました」(高良)

俳優も活動弁士も台詞を発するという点では同じ。しかし、言葉の扱い方はまるで違った。

「いちばん面白かったのが、稽古に入ってすぐ片岡さんから『活動弁士は感情を込めてやっちゃいけません』と言われたんです。てっきり芝居のように感情を込めてやるものだと思っていたので驚きでした」(高良)

「個々のキャラクターに感情を込めるのではなく、作品を語るのが活動弁士。作品を語るためには、個々に入り込みすぎるとかえって散漫になってしまうわけですね。特に高良さんが演じた茂木は正統派の弁士。なので、現代のお客さんにはちょっとわかりづらいかもしれないけど、語りのプロが見たときに『この人はうまい』と思ってもらえるものに持っていきたかったんです」(片岡)

学識肌の片岡は、指導も論理的で理路整然。その中に感覚的なアドバイスも盛り込み、「それが自分にはフィットした」と高良は顔を綻ばせる。特に役立ったのが、一人で老若男女を演じる際に必要な声色の使い分け方。片岡はピンボールを例にこんなアドバイスを送った。

「口の中にピンボールサイズの空気の塊をイメージするんです。高い音を出したいときは、この空気の塊を上に上げる。逆に低い音を出したいときは、下に下げる。そうすると、体に負担をかけず、意識の持ち方だけで音の高低差をつくることができるんです」(片岡)

「それも上下の2種類だけじゃなくて。たとえば女の子を3人演じるなら、この女の子は右上、この女の子は左上というふうにピンボールの位置を変えてみる。感覚的なんですけど、僕にはこのやり方がいちばんわかりやすくて。活弁のシーンでは『このキャラクターはこの位置』とイメージしながらやっていました」(高良)

●活弁のシーンは不思議と自信を持って臨めた

稽古期間中には、活動弁士役を演じる成田凌、森田甘路と3人で合同稽古や途中経過発表会も行った。

「この映画の肝は、弁士によって同じ作品が違って見えるところ。そこが大事だから、3人が同じ芸になっていないことを確認するためにも一緒に稽古をやってみようかと。そしたら見事に三者三様でしたね(笑)」(片岡)

「三者三様ですね。僕が正統派なのに対し、凌はもう少し遊びがあったというか」(高良)

「茂木は自分の芸がすでに出来上がっているスター弁士。一方、成田さん演じる俊太郎は天才的な才能を持ちながらも、先輩のモノマネから入ってきて、自分の芸を探している成長過程にいる役。成田さんは、高良さんや森田さんと比べても台詞の量が膨大で、当時はまだ試行錯誤されている様子でした。そんな悩みながらも取り組む姿が、物語序盤の俊太郎と酷似していて、いい生々しさを生んでいました」(片岡)

濃密な稽古を経て、いよいよ撮影へ。観客役のエキストラがひしめく中、カメラの前に立つ。どれだけ緊張やプレッシャーでいっぱいだったかと思いきや、高良の心境はまったく違っていた。

「不安というのがあんまりなくて。いつもの僕ならこんなふうに何か習ったことを披露するときは不安を持ちながらも『とにかくやるか!』って自分で自分を焚きつけることの方が多いんですけど、今回は違ったんですよね。不思議と自信があって。それは稽古でずっと片岡さんが褒めてくれたからというのもあると思うんですけど、すごく楽しんでやれました」(高良)

「撮影のときがいちばんいい出来でした。普通にお客さんから拍手が起きましたもんね。稽古中もこんな習得が早い人っているのかしらというぐらいで。むしろ途中から教えることがなくて大変でした(笑)」(片岡)

「うれしいです。ありがとうございます!」(高良)

●今の映画館では見られない光景が描かれている

大正時代の活気と映画に対する愛がつまった本作。その出来栄えに、高良も自信の表情を浮かべる。

「この作品の魅力は、当時の映画館の雰囲気が映し出されているところ。お客さんはみんな映画というより活動弁士が見たくて映画館にやってきて、面白ければ一緒になってわーっと盛り上がる。今の映画館では見られない光景が描かれているところが面白いなと思います」(高良)

映画とともにキャリアを重ね、映画を愛する高良だからこそ、「映画の始まりの時代を生きられたことがうれしかった」と声を弾ませる。

「あとはやっぱり活劇なんです。サイレント映画は音がない分、動きが大きくて活劇的。『カツベン!』は音もあるし色もついているけど、どこかサイレント映画の雰囲気が残っていて、常に人が動いている。そういうところが活劇という感じがして、いいなと思いました」(高良)

日本映画に造詣の深い片岡は、こんな楽しみ方を提案する。

「ソフト化したらぜひオーディオコメンタリーをしたいんですけど、『ここは実在したある弁士のエピソードがもとになっていて……』と解説しはじめたら6時間はかかっちゃう(笑)。それぐらい随所に無声映画時代へのオマージュが散りばめられているんです。きっと映画史をちょっとかじったことのある人なら永遠に楽しめるはず。だから一度観た人も、当時の映画のことを調べて、もう一度観てほしい! そしたらいろんなネタに気づくと思うし、そうすると他にも別の視点があるんじゃないかってまた観たくなる。何回観ても楽しめる作品であることは間違いないです!」(片岡)

無声映画を知らない人も、無声映画を知っている人も楽しめる、娯楽映画の傑作がまたひとつここに誕生した。

撮影/奥田耕平、取材・文/横川良明

『カツベン!』
全国公開中