【王手報知】奏でる絶頂期のメロディー 41歳・佐藤和俊七段の素顔と横顔

引用元:スポーツ報知
【王手報知】奏でる絶頂期のメロディー 41歳・佐藤和俊七段の素顔と横顔

 カズトシさんを知っていますか? …知らない。ならば覚えておいた方がよろしいかと思います。将棋の佐藤和俊七段(41)が、20日の第33期竜王戦1組ランキング戦で渡辺明三冠(35)=棋王、王将、棋聖=に勝利した。現役最強棋士に土をつけた男は不惑を迎えて以降、初の順位戦昇級、竜王戦1組昇級、七段昇段と輝きを放っている。知られざる素顔、多彩な横顔に迫った。

 時々、ピアノスタジオを借りてショパンを弾く。完璧な静寂の中で奏でる旋律。佐藤が大切にしている時間だ。「何も考えず純粋に弾いてるだけなんです。指が勝手に動くから楽しいですよね。将棋も指で駒を動かしますけど、読みが入っちゃいますから(笑)」

 実は将棋より早くピアノを始めた。「小2くらいから断続的に20年くらい習って。後半は自分の好きな曲を弾いていました。だいぶ力は落ちちゃいましたけど、昔は『別れの曲』などのエチュードも。聴くのも好きでラフマニノフやプロコフィエフのコンチェルトとか…。誰が弾くかではなくて、何を弾くか、なんですよね。自分は」

 高校時代は陸上部で100メートル走11秒3。50メートル走6秒8の藤井聡太七段も驚くであろう俊足の持ち主だ。「千葉はレベルが高いので10秒7くらいのタイムを持ってないと、県大会では厳しかったです」。J3のSC相模原サポーターであるくらいのサッカー通でもある。日本将棋連盟サッカー部での異名は、名前が縁で「キング」だったが、最近はプレーを控えている。「腰痛もあるし、筋肉痛が大変で…」。休日に丹沢へと足を運ぶ山好きでもある。

 多彩な横顔を持つ41歳が棋士になったのは、奨励会在籍の年齢制限が残り1年に迫る25歳の時だった。三段リーグに在籍したのは実に8年16期。「最後の2年くらいはもちろん焦りも重圧もあって、対局に向かう電車の中で吐き気をもよおしたりはしましたけど、そのくらいで自分は済みました。もちろんつらい、ということはありましたけど、死ぬ気で努力していたかと言われたらしてないので。逆に言うと、だから耐えられたのかもしれない」。そして手にした四段(棋士)の称号。早熟の天才が時代を担う世界で、晩成を目指したスタートだった。

 健闘するも突出できない長い雌伏の時を経て、棋士人生で最高の輝きを放っている。昨年度の順位戦C級2組では、史上最長タイ記録となるデビューから15期目にして初の昇級を果たした。伸び盛りの若者がひしめく49人の集団で上位3人に入るのは容易なことではない。「最後のチャンスかもしれないと思っていたのでうれしかったし自信にもなったんですけど、努力せず今まで来たわけだから自慢はできないです」

 今期は竜王戦でも上位16人が在籍する1組に昇級。同時に七段昇段を果たした。昇級したばかりの順位戦C級1組でも6勝1敗で4位。連続昇級に向け好位置に付けている。「B級に行けないのは才能ではなく努力不足だと思ってます。もし行けなかったら自分自身に努力不足の烙印を押したいです」

 飛躍への起点となったのは、2016年度のNHK杯で羽生善治九段らを破って準優勝したこと。「分かったんです。上位と自分には差がある。でも大差じゃない。絶対的な差じゃないってことを。自分の中に、ちょっとした反骨心はあったんです。指し分け(勝率5割)くらいじゃ希望が見えなかったですけど、勝つには理由がある。一過性かもしれないけど、自分にも最後のチャンスはあるかなと思えたんです」

 背景にはAI研究の導入がある。「将棋に対する考え方を変えたんです。価値観も大局観(一局全体を見渡す視座)も。1手のミスじゃ将棋は負けない、強い人は踏みとどまれる人なんだと。晩成型は少ない世界ですけど、今は誰でも強くなれる時代、今までとは違う時代になろうとしているのでは、と感じます」

 変わりゆく時代の中で、励ましを受ける出来事もあった。20年来、一緒に研究会を続けている木村一基王位(46)が9月に史上最年長で初タイトルを奪取した。「お世話になっているので、うれしかったんですけど、すごいと思うのは結果より過程です。木村さんの努力をずっと見てきたので」

 初めての竜王戦1組。初戦は現役最強の渡辺三冠との初手合になった。今期なんと豊島将之竜王・名人(29)以外にはまだ誰にも負けていない覇者とのマッチアップ。終盤の入口でわずかな隙を突き、一気にスプリントで寄せに走った。堂々の勝利を挙げたが「いや『どうだ!』なんて言える内容ではないですよ…」と涼しげに振り返った。

 今期勝率ランク1位は27勝5敗(・844)の渡辺。2位は17勝5敗(・773)の佐藤。3位は33勝10敗(・767)の藤井。苦労人の41歳が天才少年の上に躍り出た。

 まだ若々しさの残る表情で言う。「やっぱり、NHK杯決勝のような大きな舞台にまた立ちたいです。たぶん安定して勝ち続ける強さを身につけるのは難しいと思うんです。でも…チャンスが来たら、出番が巡ってきたら勝負できるように努力を続けたいです」

 何も終わっていない。むしろ何も始まっていないのかもしれない。カズトシさんのメロディーは、まだ鳴り響いている。(北野 新太)

 ◆佐藤 和俊(さとう・かずとし)1978年6月12日、千葉県松戸市生まれ。41歳。加瀬純一七段門下。小4で将棋を始め、小6で奨励会入会。2003年、年齢制限まであと1年の25歳で四段昇段。08年、将棋大賞連勝賞(13連勝)受賞。08、09年度に朝日杯ベスト4。通算成績は568戦348勝220敗、勝率・613。振り飛車党。家族は妻。 報知新聞社