『ファーゴ』幸せは、欲を超えたところにある。コーエン兄弟の傑作、その魅力

引用元:CINEMORE
『ファーゴ』幸せは、欲を超えたところにある。コーエン兄弟の傑作、その魅力

 冬になると見たくなる映画があるとすれば、雪国育ちの筆者にとって『ファーゴ』(96)は、そのひとつ。言わずと知れた、ジョエル&イーサンのコーエン兄弟の代表作だ。舞台は兄弟の故郷でもある米ミネソタ州。荒涼とした寒々しい雪景色が、とにかく鮮烈な印象を残す。

 改めて『ファーゴ』のストーリーを振り返ってみよう。借金を抱えたカーディーラー・ジェリーが、妻の偽装誘拐を画策し、ふたりのならず者カールとゲアを雇う。妻の父は成功した実業家で、身代金を出すのは容易なはず。かくして計画は実行されるが、カールとゲアが逃走中に警官ら3人を殺害するハメになったことから歯車が狂いだす。捜査に当たった身重の警察署長マージは冷静な推理で、少しずつ事件の真相に迫る。一方、身代金の受け渡し時にも不測の事態が起こり、さらなる死体が転がることに……。

 映画の主人公は一応はマージだが、物語の3分の1を経過してから彼女が登場するので、むしろ群像劇というべきだろう。欲に憑かれてしまった人々が右往左往し、その結果悲劇が拡大していくストーリーはサスペンス調だが、コメディでもあり、同時にリアルな人間ドラマでもある。物語も寒々しいが、それだけでは終わらない。1996年度のアカデミー賞では7部門にノミネートされた、そんな本作の魅力を改めて検証してみよう。 『ファーゴ』幸せは、欲を超えたところにある。コーエン兄弟の傑作、その魅力 (C)2014 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

随所に生きるトボケたユーモア

 コーエン兄弟の作品で、もっとも特徴的なのはトボケたユーモア。『ファーゴ』はおそらく、そのトボケ感がもっとも色濃く出た作品だ。まずは、タイトルの“ファーゴ”。これはノースダコタ州の町の名だが、そこはジェリーがカール&ゲアと取引する際の舞台としてわずかに冒頭に登場するのみ。以降はミネソタ州ブレイナードが舞台となる。コーエン兄弟によると、”ブレイナード”よりも”ファーゴ”の方が響きがクールだからタイトルにしたというから、なんとも人を食っている。

 さらに人を食っているのが、”この映画は実話に基づいている”という、オープニングのテロップ。確かに実際に起こった事件からヒントを得ているが、ほとんどがコーエン兄弟の創作。彼らによると、このテロップは”映画を普通のスリラーとして見ないように”という心の準備を、観客にさせるためのものだったという。

 会話のリズムも独特のユルさがある。現場検証中のマージと同僚との会話は、ここが殺人現場であることを忘れさせるほど、のんびりしたテンポ。日本の観客には少々わかりづらいが、キャラクターのミネソタ訛りも田舎町の空気感を醸し出す。ミネソタの観客の中には、このユーモアが理解できず、自分たちがバカにされていると感じた人もいたというが、もちろんミネソタで生まれ育ったコーエン兄弟に、そんな意図はない。マージの夫ノームを演じたジョン・キャロル・リンチをはじめ、出演者の多くはミネソタ出身。また、ジェリーの妻を演じたクリステン・ルドルードは、まさしくファーゴの生まれである。

 ちなみに、撮影が行なわれた冬は、ミネソタ州は記録的な暖冬で、降雪量はおそろしく少なかった。そのため、コーエン兄弟は雪景色を求めて、ノースダコタにまでロケーションを広げたという。