和尚に扮した寅さんと観客が「笑いの共犯関係」 帰ってきた「みんなの寅さん」

引用元:夕刊フジ
和尚に扮した寅さんと観客が「笑いの共犯関係」 帰ってきた「みんなの寅さん」

 【帰ってきた「みんなの寅さん」】

 「男はつらいよ」シリーズは、多幸感にあふれています。おいちゃん(下條正巳)、おばちゃん(三崎千恵子)、さくら(倍賞千恵子)が旅先の寅さんを想い、寅さんは故郷に残してきた家族を想っています。久しぶりに寅さんが帰ってくれば、互いの想いが強すぎて、結果的に「それを言っちゃおしまいよ」と大げんか。寅さんは、柴又にいるとつい家族に甘えてトラブルになりますが旅先では意外と「役に立つ男」でもあります。

 備中高梁に義弟・博(前田吟)の父の墓参に行った寅さん。菩提寺の娘・朋子(竹下景子)に一目ぼれ。住職・泰道(松村達雄)としこたま飲んで、住職が二日酔い。肝心の法事ができなくなり、ならば「門前の小僧習わぬ経を読む」と寅さんが住職代行を買ってでます。この上なく面白い展開ですが、柴又帝釈天門前で育ったとはいえまったくの素人。なのに寅さんの話は「和尚より面白い」と大評判。

 それもそのはず「天に軌道があるごとく、人それぞれ生まれ持ったる運命があります」と易断本の啖呵(たんか)を鮮やかに語ったのです。想い人の朋子には感謝され、住職は良き相談相手ができてご満悦です。第32作『口笛を吹く寅次郎』はいつ観ても何度観ても楽しい作品です。

 やがて博の父の三回忌の法要が行われることになり、何も知らないさくらと博、そして息子・満男(吉岡秀隆)が高梁にやってきます。ここからはシリーズ最高のおかしい場面となっていきます。さくらがいつ、寅さんに気づくか? 観客と寅さんの間に共犯関係のような気持ちが湧き、その瞬間がやってきます。

 この回の渥美清さんはいつも以上に「乗っている」感じがして、少年時代の寅ちゃんは、こんな風にいたずらをしていたんだろうなぁという表情をします。寅さんに気づいたさくらが卒倒しそうになるところで、映画館での笑いがピークに達します。第27作『浪花の恋の寅次郎』から満男を演じる吉岡秀隆くんのリアクションも良いです。

 このときは小学生だった満男もシリーズを重ねるうち、浪人時代の第42作『ぼくの伯父さん』からは、満男と初恋の泉(後藤久美子)の恋を中心とした「満男シリーズ」的な展開となります。寅さんの背中を見て成長した満男が恋に、人生に悩む姿は、同世代の若者の共感を呼びます。

 ■佐藤利明(さとう・としあき)娯楽映画研究家。クレイジーキャッツ、石原裕次郎、「男はつらいよ」などの魅力を新聞やテレビ・ラジオ、著作を通して紹介し続ける「エンタテインメントの伝道師」。12月10日には「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)&「寅さんのことば 生きてる? そら結構だ」(幻冬舎、写真)が刊行されたばかり。

 ■日本映画専門チャンネル 12~2月「男はつらいよ」セレクション放送