“放浪の歌姫”リリーは最良のパートナー! この2人が一緒に暮らせたなら最高なのに… 帰ってきた「みんなの寅さん」

引用元:夕刊フジ
“放浪の歌姫”リリーは最良のパートナー! この2人が一緒に暮らせたなら最高なのに… 帰ってきた「みんなの寅さん」

 【帰ってきた「みんなの寅さん」】

 寅さんは年中、トランクひとつで旅しています。生業はテキ屋。神社やお寺の祭礼、縁日で、あるいは街角で「四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れる御茶ノ水」と流れるような啖呵売(たんかばい)で、道ゆく人の足を止め、財布のひもをゆるませます。

 山田洋次監督はテレビ版「男はつらいよ」の初めての打ち合わせで、渥美清さんが少年時代に憧れたテキ屋の口上を聞いてほれぼれし、寅さんのイメージを作っていきました。この品物が売れなければ、今晩は野宿しなければならない。ギリギリでやっているのです。

 そんな寅さんが最良のパートナーと出会ったのも旅先でした。網走で中古レコードを売っていた寅さんに「さっぱり売れないじゃないか」と声をかけたのが、浅丘ルリ子さん演じるリリー。売れない歌手のリリーは寅さん同様の旅暮らし。浮草稼業の自分たちを「あってもなくてもいいもの、つまりアブクみたいだ」とたとえる2人。第11作『寅次郎忘れな草』での名場面です。

 その後、リリーは堅気の寿司屋のおかみに納まりますが、結局は別れてまた旅周りの歌手となり、北海道は函館港のラーメン屋台で深夜にバッタリ再会します。第15作『寅次郎相合い傘』の恋はこうして再燃するのです。何年ぶりかに会っても、そのまま昨日が続いているように過ごすことができます。

 寅さんは、仕事に嫌気が差して失踪中のサラリーマンの兵藤(船越英二)と一緒で、そこにリリーが加わり、初夏の北海道で3人で旅を続けます。「寅さんはいいですね、自由で」と管理社会でがんじがらめの兵藤パパは憧れのまなざしです。しかし自由は孤独でもあることを寅さんとリリーは知っています。

 お金がなくなり、函館本線・蘭島駅のベンチで野宿をする3人。パジャマに着替えて一生に一度であろう野宿をエンジョイする兵藤パパと、ギリギリでもたくましく生きている寅さんとリリー。定住者と放浪者の視点がここにあります。

 「男はつらいよ」は、放浪者=寅さんと、定住者=妹さくら(倍賞千恵子)、2つの世界を描いています。リリーは寅さんと同じ放浪者であり、その2人が一緒に暮らせたなら最高なのにと、さくらならずとも思います。それが実現したのが第25作『寅次郎ハイビスカスの花』でした。

 ■佐藤利明(さとう・としあき) 娯楽映画研究家。クレイジーキャッツ、石原裕次郎、「男はつらいよ」などの魅力を新聞やテレビ・ラジオ、著作を通して紹介し続ける「エンタテインメントの伝道師」。「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)&「寅さんのことば 生きてる? そら結構だ」(幻冬舎)が刊行されたばかり。

 ■日本映画専門チャンネル 12~2月「男はつらいよ」セレクション放送