高いのに普通すぎる!? 「新国立競技場」から見るニッポン

引用元:夕刊フジ

 【外国人が見るニッポン】

 皆さん、ズドラーストヴィチェ!(ロシア語でこんにちは!) 生まれはロシア、育ちは関西、舞台は東京!ロシア系関西人の小原ブラスです。

 2019年も終わりが近づき、いよいよ2020年オリンピックイヤーの到来ですね。様々な問題を抱えながらも五輪の準備は着々と進んでおり、つい先日、新国立競技場が完成したというニュースを耳にした方も多いでしょう。

 3年の工期を経て五輪開催の半年以上も前に、遅れを出すことなく完成。さすが納期を守る日本人、その真面目さが垣間見えますね。職人さんや建設に直接携わった方には脱帽する思いです。

 完成するまでに色々な問題をかかえていた新国立競技場ですが、日本国内での評価は様々ですね。正直ここまでの経緯を踏まえると、どんな競技場ができても必ず叩かれる運命にある新国立競技場。日本に住む外国人の目には今その競技場がどのように映っているのか、今回はそんな話題です。

 ■東京五輪開催決定!日本人以上に歓喜した外国人

 2013年東京五輪の開催が決定したあの瞬間、テレビの前で腕を組んで真剣な顔で観ていたのは今となっては良い思い出です。発表された瞬間思わず僕もガッツポーズをしたし、発表された数分後、外国人の友人から「東京で決まったよ!!」と興奮ぎみのLINEが届いたのもよく覚えています。

 外国人にとってはどこで開催されても一緒じゃないか?と思われるかも知れませんが、とんでもないことです。日本に住む外国人にとって、東京で五輪が開催されるのはとても意味のあること。日本人よりも喜んだ外国人も少なくないはずです。

 というのも、母国を出て日本に住む外国人にとって、母国で心配する親族に、今こんなに素晴らしい国に住んでいるんだぜ!とアピールができる最高の機会になるからです。数々の反対を押し切って他国で住むことを選んだ、その自分の選択の正当性を母国の人に伝えたい気持ちは誰もが持つものです。自分が他国に住むことを想像してみて下さい。日本の家族や友人に、その住んでいる国の凄いところや武勇伝を少し語って自慢したくなる気持ち、なんとなくご理解頂けるでしょうか。

 だから日本に住む外国人としては、是非とも東京五輪で日本の凄さを世界中にアピールして欲しいし、大成功をして欲しい。この思いは日本人と同じかそれ以上のものなのです。

 ■インパクト薄く…普通すぎる新国立競技場

 五輪開催期間中、何度も何度も全世界に五輪の象徴として映し出される新国立競技場。できれば世界に自慢ができるインパクトのあるものにしてほしいというのが正直な気持ちでした。

 最初に発表されたザハ案の宇宙船のような競技場のデザインが凄かったので、東京にあんなに近未来的でカッコいい競技場が出来るのかと思うと大興奮!でも、日本の技術力ならこのくらい余裕で建てれるのだろうなと思っていました。ご存知の通り結果としてあのデザインは実現することはなく、完成したのが、自然との調和を意識した「杜のスタジアム」です。

 重さ2万トンの屋根には光を効率的に取り込むガラスを使用、46都道府県の杉の木と琉球松を使った木の温もりを感じる軒庇、アスリートの疲労を軽減する最新のトラック、5色のモザイク状に配置され空席を目立たなくする工夫が施されている観客席、そしてなんといっても総工費はたった1569億円!このような売り文句のスタジアムとなりました。

 個人的な感想ですが…たっか!めちゃくちゃ高いのになんか普通。

 デザインに関しての感想は人それぞれあるので正解はないのは分かりますが、僕の周りの外国人に感想を求めると殆どの外国人の反応が「まあいいんじゃない?」という感じなのです。つまり感想という感想を持てないないのです。

 たまたまロシアのメディアで新国立競技場完成の報道を観たのですが、完成した新国立競技場の写真に対して「屋根の部分は完成していないので、完成前の写真では?」という指摘がコメンテーターから入り、改めて完成した写真で間違いないかを確認する一幕がありました。

 「すごい!」という感想を第一声でいただけないのは、自慢をしたかった身としては少し残念です。

 ザハ案だと3000億円かかると言われていたものが、最終的には1500億円まで収まったのだからいいじゃないかと思わるかもしれませんが、1500億円もかかる競技場は世界中を探しても数本の指に入るほど、かなり高い方であることを忘れてはなりません。ここ最近の五輪のメインスタジアムとして新設された競技場の総工費を見てみると一目瞭然。

 2014年 ソチ五輪 フィシュト・オリンピックスタジアム 約850億円

 2012年 ロンドン五輪 ロンドン・オリンピックスタジアム 約700億円

 2008年 北京五輪 北京国家体育場(鳥巣) 約500億円

(Wikipediaより 金額は現在の為替レート換算)

 物価の違い、レートやタイミングが違うので一概に比較することはできませんが、これらのスタジアムの倍以上の値段がかかっている割にはインパクトに欠けると言われてもおかしくないのかもしれません。

 ■見栄を張らない日本人らしい競技場に

 「インパクトが何だ!大事なのは実用性だ!」こんな声が聞こえてきそうです。

 もちろん競技場は見栄を張るためだけのものではないので、それは間違った声ではありません。でも、そんな声が上がることに日本らしさを感じてしまいます。とくにロシア人の目からみると、むしろ見栄を張らないのは何で?という疑問が出てくるからです。

 例えばロシアの有名な建築物といえば、モスクワの赤の広場にある聖ワシリイ大聖堂。よくテレビで映る、玉ねぎのようなカラフルな屋根の赤い建物です。これは1500年代にロシアのツァーリが建てた建物ですが、今ではロシアの象徴にもなっているあの特徴的なデザインは、見栄から生まれたものと言われます。建設当時は8角形(多角形)の建物の上に丸い屋根をのせることが技術的難しく、わざわざ技術力の高さをアピールするためにあのようなデザインが採用されたと言われます。(諸説あり)

 技術力の高さをアピールすることは、敵が簡単に攻めてこないように牽制することにもつながり、また国民の自信にもつながります。凄い建物がある街は安全で、安定した街であるというイメージを与えます。

 これはロシアに限らず、昔からヨーロッパ諸国など、建物で見栄を張る文化がある地域は多いのです。ヨーロッパの建物って豪華だけど、無駄が多いと思いませんか。

 それと比べて日本は昔から、見た目よりも中身、使い勝手を重視する傾向にあるように感じます。日本古来の家屋や部屋、もちろん美しいのですが、それよりも無駄が少ないことに特徴を感じます。通気性抜群の土壁、壊れても簡単にメンテナンスが出来る瓦、狭くとも空間を有効に使えるお布団、それを敷いても湿気のこもらない畳。日本のお城も、戦で有利立つための様々な工夫がこれでもかと施されています。見た目の美しさももちろん大事なのですが、それよりも機能性はもっと大切とされてきたのです。

 これは建物に限らず、日本の電化製品等、現代の日用品にも共通しているように思います。「使って分かる」というフレーズの広告を日本でよく目にするのも、デザインやスペックを重要視している海外製品に対抗したワードなのでしょう。

 デザインが好きな外国人、機能性にこだわる日本人。日本の家電業界が、安くて(低品質で)デザイン製の高い海外メーカーに勝てなくなってきた一因に、この文化的な違いがあるのかもしれません。

 それを踏まえて今回の新国立競技場をみてみると、値段が高くてデザインも普通ですが、実は見えない部分の品質の高さ、使って分かる良さのある、日本らしい新国立競技場になったのではないでしょうか?

 これが海外の感覚だと、とにかく安い素材でインパクトのあるものを!木から温もりを感じようとするくらいなら冷暖房を完備しよう!となる所ですが、そうはならなかった所に、少しだけ日本人魂を感じずにはいられないのです。

 カッコいい競技場を期待していたので、結果としては残念に思っていましたが、そもそも日本人らしさを考えると、五輪でアピールすべきは競技場ではなく、街の綺麗さ、人の優しさ、ご飯のおいしさなのかもしれません。

 競技場は普通でも、開会式や閉会式はあっと驚かされるようなものを期待しています。

 ■ブラス 1992年4月20日生まれ。ロシアで生まれ、5歳の時から日本に移住。かつては某動画配信サービスで有名配信者であった。現在はサラリーマンとして働きながら、YouTuber「ピロシキーズ」としても活動。