面白がる気持ちを突き詰めれば、ささいな出来事もエッセーに ハライチ・岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』

引用元:夕刊フジ
面白がる気持ちを突き詰めれば、ささいな出来事もエッセーに ハライチ・岩井勇気『僕の人生には事件が起きない』

 【BOOK】

 お笑いコンビ「ハライチ」の、知名度の低い“じゃない方芸人”を自認する。何も起きないと思っている日々。だが、独特な視点を持てば日常を楽しめる、人は生きているだけでいいのだと気がついた。(文・高山和久 写真・桐山弘太)

 --タイトル(『僕の人生には事件が起きない』)からして面白い

 「テレビの世界は華やかだと見られがちだし、インスタグラムやツイッターでもそういうアピールが多い。でも、世の中は、蓋を開けてみればたいしたことではない出来事にあふれ、テレビでは誇張された話をだれかがしゃべっている。で、それに気がついた人もたくさんいるんですよ。僕もテレビに出ている芸能人だけれど、地味に生きてる方だと思っています。山あり谷ありの大きな出来事はないものの、それでも面白くないワケじゃないという意味をタイトルに秘めました」

 --“地味な日常”を文章にした

 「文章と言えば、中学の頃は女の子がたくさん出てきて、男の子がモテるといったハーレム系のライトノベルにハマっていた。お笑いのネタも書いてきました。でもエッセーは情景を文章だけで伝えなければならないので難しい。あいまいなニュアンス頼りにしないように気を使いましたね。ラジオでは表現を多用して『店員がこんな感じ』とか『この空気わかる』などと言えばイメージは伝わりますが、文章はそうはいきません。流れは漫才をするリズムを参考に、読む人がふんわりとながら思っていることをできるだけ言語化することに力を注ぎました。だれしもエピソードはたくさん持っていますからね」

 --エピソードを見つけ出す作業でしたか

 「何かを面白がろうという気持ちを突き詰めれば、どんなささいな出来事もエッセーにできます。ネタには事欠かなかったですね。でも、過去のエピソードは限られていて無限にあるわけではないので、古いエピソードを消費して出し尽くしたらおしまいだと恐ろしい気持ちにもなりました」

 --行間からそれが伝わってきます

 「ラジオで話すネタの中で文章にできるものは限られています。逆に、文章にしたものがラジオ向きかというとそうでもないときがある。僕はこの話、どこかで聞いたなとか、知ってるなという“あるある”感が好きで、漫才でもよくネタにします。みんなが思っているけれど表立って言葉にしていない“あるある”を見つけたときが一番楽しい。1編2500字前後のエッセーでは表現をこねくり回さず、くどくならず、かつ書くことに酔っているな、と思われないようにしながら、あるある感を表現します。漫才みたいな聞き心地の良さや、締めの文章をある種の哀愁で終わらせる“エッセーあるある”も意識しましたよ。どうですか、本物のエッセイストみたいでしょ」

 --確かに

 「エッセーを書くって自分を客観的にみる作業でもあるんです。新たな視点で世界を捉えることでもあるし、逆に自分をイジる作業でもあるかな。そんな状況に巻き込まれていく自分の姿を見るのがまた面白い。僕が芸人だからこそ、すべてを客観視して面白がることができるのかもしません。芸人はイジられること自体が芸ですからね。芸人として培ってきたものがエッセーを書く上で役立ちました」

 ■文章を書くようになり漫才に変化 「ネタに余韻入れなくなった」

 --漫才にも変化が出たのでは

 「ネタには、なるほどと余韻を楽しむ部分を入れないようになりました。つまりエッセー風にならないようにしていますよ。お笑いは、ただただ笑えるだけでよくて、ネタの中には余韻などは必要ないわけですからね。エッセーを書き始めたせいか、ネタについ入れたくなるんですが、それは危険なこと。でも文章は芸と違いその場で結果を求められませんね。ある部分、真面目で、別なところではキザに書いていようが、全体的に面白いものになっていればいいんです」

 --続編も期待されます

 「いまは文章を書くことを楽しめている状態。続けていきたいという気持ちはあります。(小説家の)羽田圭介さんが、僕のエッセーは小説として世に出してもいいと思うと言ってくださったので、本気で小説も書いてみたいです」

 ■あらすじ 30代、独身ひとり暮らし。芸能人ながらキラキラした毎日とはほど遠い。お取り寄せ商品の段ボールに埋もれ、たいした出来事も起きない日々を送っている。しかしそれ自体が実は事件だった。日常を独自の視点から描く25編のエッセー。自筆イラストも満載されている。

 ■岩井勇気(いわい・ゆうき) 1986年7月31日生まれ、埼玉県出身。お笑いタレント、MC、ボーカル、俳優。幼稚園からの幼なじみだった澤部佑と2005年にお笑いコンビ「ハライチ」を結成。ボケ担当でネタも作っている。ボケ倒して笑いを増幅させる“ノリボケ漫才”で注目を浴び、09年「M-1グランプリ」の決勝に初進出してブレーク。「おはスタ」(テレビ東京系)、「ハライチ岩井勇気のアニニャン」(TBSラジオ)などレギュラー番組多数。アニメと猫が趣味。特技はピアノ。本作が初の著作となる。