西田望見が『マクロスΔ』合格のあの日「私が声優を目指したワケ」

引用元:ふたまん+
西田望見が『マクロスΔ』合格のあの日「私が声優を目指したワケ」

 みなさまこんにちは! 声優の西田望見です。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、全国で卒業式や入学式が中止になっているというニュースを目にしますが、4月は本来は新しい道に踏み出す人が多い季節。今回はなぜ私が声優を目指したのかについて書こうかしら!と思います。

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 私は小さい頃からアニメや漫画が大好きで、小学生のときは漫画家になりたいと思っていました。しかし、盲点だったのが絵がめちゃくちゃに下手ということ……。練習もしたのですが、一向に上手くならず、小学校を卒業するころには「漫画家の夢は無理だ」とはかなく自らの夢を諦めました。

 次に考えた“なりたい職業”はなぜか「大学生」。もはや職業でもないし、なぜこれを選んだのか今となっては謎なのですが、おそらく叶えられそうな目標を立てようと思ったのだと思います。

 中学生の時点では声優という職業にまったく注目したことがありませんでした。実は私はめちゃくちゃ人前に立つことが苦手な性格だったのです。人前でお芝居をするなんてもってのほか……恥ずかしくて絶対無理だー!と思っていました。

 なので、声優さんのドキュメンタリーがテレビで流れたりすると、こんなこと私には絶対できないなと思っていました。

 中学生はひたすら新選組と厨二病を楽しみながら駆け抜けたオタク中学生ライフ。新選組は当時大河ドラマでも放送されていたのですが、黒乃奈々絵さん作の『新撰組異聞PEACE MAKER』にどハマりしていました。

 ストーリーは新選組の事実とオリジナルで展開され、アクションから人間関係のもつれまで楽しめる作品です。そして何よりも、黒乃さんが描かれる隊士が個性あふれるイケメンだらけで推しをみつけるのに必死でした。ちなみに私の推しは土方歳三さんでした。

 マジメに「私の前世は新撰組であれ」と祈ったり、体は中学生ですが心は新選組の隊員でした。とてもイタイ中学時代だったのですが、このなりきる精神が今の仕事にも生かされているのかなと思うとバカにはできない人生の一部ですね(笑)。

 うってかわって高校では高校1年、2年生まではオタクとバレないように生活していました。当時大ブームを巻き起こしていた大好きな『涼宮ハルヒの憂鬱』を隣の席の仲良しのオタク女子に熱弁されるのですが、「へぇ~そんなアニメあるんだね、面白そうっ!」なんて言っていたのですが、結局高校3年でオタクへ返り咲くので、後日隣の席の子に「大嘘つきやろう!」とこっぴどく叱られました。

 大学1年生のときに地元の岐阜県を飛び出し東京にやってくるのですが、遂にようやくここで声優を職業として意識する時代が来ました。もともと『マクロスF』は大好きだったのですが、今までは声優を意識せず作品が好きでした。

 ある日マクロスFのライブ映像を見て衝撃を受けました。こんなに歌って踊ってアニメの世界観を伝えてくれるイベントやライブが世の中にあるんだということに感動したのです。

 そこからは何とかマクロスのイベントに行きたいと友人に頑張ってもらい、ギラギラサマーのイベントに行くことができました。これがきっかけで声優にハマることになり、作品の見方もガラリと変わりました。

 マクロスFは声優としてのライブや歌を意識するきっかけになった作品なのですが、お芝居として意識するようになったのは『CLANNAD』がきっかけです。もともとはPCゲームから生まれたアニメ作品なのですが、とにかく死ぬほど泣けます。

 キャラクターが高校生から社会人、そして父親になるまでの人生の一部がストーリーにからんできます。

 学生時代のストーリーは良い話として泣けるのですが、父親になってからは苦しみや悲しみ、つらさ全部ひっくるめて涙してしまいます。その中に出てくるこおろぎさとみさん演じる汐のお芝居に心奪われてしまいました。

 こんなにリアルに子どもを演じられる大人がいるんだ、そしてリアルな子どもにしか思えない表情豊かな声、微妙な鼻声、感情変化に胸が締めつけられました。

 大学生になってこんなに泣くことってあるんだ!? と自分でびっくりするほど号泣しました。

『CLANNAD』に出会って、私もこんなに人の感情を動かせるようなお仕事についてみたいと本気で考えるようになりました。

 ここから一気に声優になるためにネットで養成所を調べたり、雑誌に書いてある情報を探し始めました。

 周りは就職してゆくタイミングで、私は遅い夢へのスタートをきりました。

 ここからトントンと進めば最高なのですが……私は数年いばらの道を歩みました。