松本穂香「見て欲しい、愛されたいという気持ちで演じた」

引用元:Lmaga.jp
松本穂香「見て欲しい、愛されたいという気持ちで演じた」

NHK連続テレビ小説『ひよっこ』で注目を集め、ドラマ『この世界の片隅に』や、映画『わたしは光をにぎっている』など今、次々と主役を務める女優・松本穂香。作家・菊池真理子コミックエッセイを映画化した『酔うと化け物になる父がつらい』で演じるのは、アルコール依存症の父、新興宗教にすがる母、モラハラ&DV彼氏・・・はたから見ると不幸でしかない人生を淡々と過ごしていく主人公の田所サキ。この役をどんな思いで演じたのか、撮影現場について話を訊いた。

【写真】アルコール依存症の父役・渋川清彦とのシーン

取材・文/ミルクマン斉藤 撮影/南平泰秀

「家族ってすごいやっかいだなと思います」

──松本さんには2019年の『おいしい家族』という作品がありましたが、今回もまた「難儀なお父さんシリーズ」といいますか(笑)。

確かにそう言われてみるとちょっと変わったお父さんが続いてますよね。でも、 『おいしい家族』は監督が描くユートピアみたいな世界でしたね。

──今回はユートピアでは済まないわけで。

そうですよね。ぜんぜん真逆ですね。

──サキのお父さんに対する感情が、歳と経験を重ねるにつれ変わっていくじゃないですか? 最初は泥酔して帰ってきても、カレンダーに×印をつけるくらいで。さすがに三十路になるとそうもいかず、放ったきり。そうなったらそれでまた感情に揺れが生じて、訳もなく自分を責めるようになる。

お父さんというよりも、自分が悪いのかな、っていう風になってしまうんですよね。

──観てる方からすると「いや、全然あなたは悪くない」って思えるんだけど、どんどん内省的になっていって、その逃げ道を漫画という表現に求めるという。そんな感情を監督とどんなセッションをされたのかなぁと。

監督と役について話し合うことはほとんどなかったです。ただ、そのシーンごとに違和感があれば、調節し合うみたいな作業はありました。俯瞰した距離感っていうのかな、×印つけるのを止めたからと言って本当に(お父さんのことを)あきらめたわけではなく、やっぱり見て欲しいとか愛されたいっていう、歳を取ってもずっと変わらない気持ちを通していたから、多分大丈夫だったのかなぁと思っています。

──お父さん役の渋川清彦さんは、もうずいぶん経歴も長いですし、クセのある役はそれこそいっぱい演られてきたけど、こういう精神的な弱さのある、ある意味ふつうの父親役というのは案外なかったんじゃないかな、と。ダメダメ人間なのにどこか愛嬌あるし。

なんか憎めないですよね。一緒に演じさせていただいてすごい方だなと思いました。ほかの人が演じていたらもっと違う感じになっていたかもしれないなと思います。

──といっても、やってることはアレなんで。どう弁護のしようもない感じはするんですけれども(笑)。

本編を見ると結構ですよね。 渋川さんご本人とは現場では、最初の「おはようございます」と「おつかれさまでした」くらいでほとんどしゃべらなかったです。

──え、そんな方なんですか?

いえ、普段はそうではないみたいです。役的にサキもお父さんもコミュニケーションしないという関係で、そこでどんどんお互いの気持ちもわからなくなってしまい、そのまま別れてしまうお話なので。そんなに仲良くなっちゃダメだろうし、自然とそうなっていったんじゃないかな、と思います。

──お父さんとの関係性において、カレンダーが重要な小道具になってますよね。サキが冒頭、壁にかかっていたカレンダーを剥がすと、『何か』にサキの目がじっと据わる。そして、物語が始まると×印が増え、ある夜にお父さんがカレンダーにおこなった『何か』が、エピローグで判明するという。いわば、カレンダーを用いた枠構造になっています。最初と最後のシーンは、撮影のどのあたりで撮られたんですか?

最終日に撮りました。元々はその予定ではなかったんですが、スケジュールに変更が出たりで。今となれば、それで良かったなぁと思います。あとから聞いたら、監督さんもカメラマンさんも、メイクさんも一緒に泣いてくれていたみたいで、だからみんなでひとつになれて撮れたんだと思います。感情的には、それまでに積み重ねてきたものがあるので「お父さん、お父さん」しか最初に出てこないとか、「ずるい」とか「遅い」とか、でも「悲しい」とか。本当にいろんな感情がぐちゃぐちゃになって。でも、もう(お父さんに)伝えることが出来ないっていう悲しさがそのまま出た気がします。

──冒頭で「化け物は本当は私だったのかもしれない」とサキは言います。その後、お父さんの行状を観た観客としては、決してそうじゃないよ、と声をかけてあげたくもなるんですけど。でも自らを責めるようにそう言ってしまう主人公に、感情を向けることは出来ましたか?

理解出来たというか、少なくともその時は本当にそう思わないと。感情をどこにも持って行きようがないし、どこにも向けようがなかったです。後から考えたら、そうじゃないなと思うんですけれど、なぜ、あのときはこうしてあげられなかったんだろう、っていう気持ちが出てきちゃうのは判ります。

──お父さんがついに倒れたときに、「一日でも長く生きてもらおうとは思わなかった」とも言ってしまいますしね。正直にも。

複雑な感情ですよね。いなくなったらいなくなったで悲しいし。

──かといってそんなに良い思い出もないし。

そうですね。家族ってすごくやっかいだなと思います。

「私たちの芝居とか、感情を大事に撮ってくれた」

──お母さん役のともさかりえさんはどうでしたか?

ともさかさんとはそんなに撮影が一緒の日がなかったのですが、現場ではとてもフラットな方でした。役が激しいのに、ガッと変わるのではなく、ス~っと入っていく感じでいかれる方なので、すごいなって思いながら見てましたね。

──ともさかさんは映画でも舞台でも、あの佇まいというのはなかなか類例のない感じに到達されてますしね。

本当に素敵な役者さんです。

──妹役の今泉佑唯さんとの関係性もユニークですよね。お父さんに対する接し方がかなり違って。

妹は明るくていいなぁ、とか。何を考えてるのか判らないってところもあったりしましたね。

──家庭の問題に対して、サキよりも軽々とすり抜けているような。

そういう感じには見えるけれど、実は思うところが妹にもあって、というのがありますよね。言われてみれば、妹との関係がけっこう難しかったのかなと思います。妹役を演じた、今泉佑唯さんは映画が初めてだったので、ちょっとでも緊張を和らげてもらえたらいいなと。お姉ちゃん役というのもありましたし(笑)、できるだけコミュニケーションを取れたらいいなと意識して現場にいました。

──サキがずるずるDV彼氏との関係を断たないことによって姉妹の関係性も変化していきます。妹がある夜、そのことについてちょっと釘を刺すシーンの掛け合いは緊張感がひときわ増して素晴らしいと思いました。

妹とのシーンは、台本からかなり現場で変わりました。やってみると「ちょっと違うな」「こういうことはしないな」ってことがいっぱい出てくるので、現場で作っていくというのが多かったです。監督は、気持ちの悪いところがあったら全然やらなくていいよ、ってスタイルでいてくださったので。私たちの芝居とか、感情を大事に撮ってくれる監督ですね。

──片桐監督と松本さんは同じ大阪人ですよね。

大阪人です(笑)。現場で、私は普通に標準語だったんですけど、(監督は)関西弁でしたね。

監督はどのシーンもテイク数をそんなに重ねてはいないので、それが正解だと思って撮ってくださっていたんじゃないかなと思ってます。監督さんによっては、ここで、この間でこれを言って欲しい、っていう方がいると思うんですけれど、そういうのがほとんどなかったんじゃないかと。あまり余計なことを私もしなかったですし、それが良いんだろうなと思っていました。

──2019年に出演された映画『アストラル・アブノーマル鈴木さん』の大野大輔監督も、かなり自由な演出術にみえるんですけど、「この間でこれを」っていう点に関しては異常に執着があるような気が(笑)。

大野さんは役に関して任せてくれていました。「あと五つ、間をください」や「六つ、間をください」など、「間」はすごく大事にされていました。片桐さんも任せてくれます。監督お二人とも一人一人のことを見ていてくださる監督さんだなと思いました。片桐さんはこの順番で撮ります、と私たちにも言ってくださるので、演じている方もすごく安心出来ます。

──そういうのは、これまであまりなかったんですね。

『ここから撮っていってこのあと寄ります』というのも普段は演じてる最中にカメラが移動して判るということが多いので。私は今まで言われたことがなかったので、事前に私たちにも言ってくださったのは、今考えるとすごいなと。

──確かにあらかじめ言ってもらっておいた方が演じやすいですよね。

なんか覚悟ができます。

──大野さんなんかはわざとそういうの言わなそうな感じですけど(笑)。

大野さんはコミュニケーションもあまり取っていませんでした(笑)。話しかけられることもなく、ほかのスタッフさんと話しているところも見たことがないくらいでしたね。面白い方ですけどね(笑)。

「なんか笑っちゃいますもんね、暗すぎて」

──この作品で、僕がひときわ良かったなと思うのが、恒松祐里さん演じるジュンとのシーンなんです。長年友人でいながら、胸のうちをずっとさらけ出すことは避けていたし恥とも思っていた。でもお父さんが入院して、看護師になったジュンのほうから「任せていいんだよ、そろそろ」ってサキを包みこむ。それまで言葉にせずとも巡らせてきた複雑な思いが一気に表面化する、複雑なシーンですけどね。

ありがとうございます。嬉しいです。難しいシーンだったので時間もかかりましたし、大変は大変だったんですけど、(恒松さんは) 本当にずっと寄り添ってくれていましたね。役のとおり相談とかも聞いてくれたりしました。

──ひょっとするとサキは、ジュンに言われるまで自分自身をそこまで抑圧してると感じていなかったかもしれない。が、そこをジュンがようやく緩めてくれるという。

初めて、と言う感じですね。それまで本当に楽しいシーンが一つもないので。思うところがあってもずっとサキは隠し続けているので、やっと!というシーンですね。

──そうなんですよね・・・。現実から逃避してる分には家族は楽しくはあるんですけど、年月が経ち、子どもたちも成長してくると、そんなこと微塵も言ってられなくなってくる。でも映画自体はそれほど暗くならないというのがなんか不思議なんですよね。

そうなんです。音楽とかも結構そんな感じですよね。ジャンルが不思議な感じ。彼とホテルで過ごしたあとの朝、とぼとぼ歩いているところとか、なんか笑っちゃいますもんね、気持ちが暗すぎて。自分でもしたことがないくらい疲れた歩き方をしていたので驚きました。

──サキもお父さんから受けたストレスを恋愛依存によって晴らそうとしたんだけれども、やっぱりちょっとお父さんに似た人を選んでしまうという。

これが、本当の話ですもんね。

──でも、よく聞きますもんね。そういうDV受けてた子どもたちはよく親と似た人を選んで同じ目に遭っちゃう。

原作者の菊池真理子先生は、撮影中に一回見学に来られて、それからは映画祭とかに毎回来てくださるので頻繁に会っていたんですけど、いまだに男性はお酒を沢山飲むものだと思っていらっしゃるみたいで。だから潰れるまで飲ませてしまうらしいです。不思議ですね? なんでだろう? あんな男性、なかなか見つけられないですよね。