イエスを支え続けた職人プレーヤー、リック・ウェイクマンの名作『ヘンリー八世と6人の妻』

引用元:OKMusic
イエスを支え続けた職人プレーヤー、リック・ウェイクマンの名作『ヘンリー八世と6人の妻』

『こわれもの(原題:Fragile)』(’71)、『危機(原題:Close to the Edge)』(’72)といったロック史に残るイエスの代表作に参加し、その圧倒的かつ繊細なキーボードプレイで多くのファンを魅了したリック・ウェイクマンだが、彼はイエスに加入する前から多くのセッション活動をこなしていた職人的アーティストでもある。彼が参加したセッションでは、ほとんどの録音がワンテイクで済んでしまうことから、当時は“ワンテイク・ウェイクマン”と呼ばれていた。

イエスに加入する前、すでにデビッド・ボウイ、T-レックス、キャット・スティーブンス、エルトン・ジョン等のレコーディングに参加するなど、彼の並外れた才能は20歳過ぎには業界人の多くが知るところであった。また、ウェイクマンは多忙なイエスの活動の合間を縫ってソロ活動にも尽力する。今回取り上げる『ヘンリー八世と6人の妻(原題:The Six Wives of Henry VIII)』は、彼がイエスに在籍中の73年にリリースされた1st(本作の前に『Piano Vibration』(‘72)がリリースされているが、これは彼自身ソロとして認めていないのでカウントしない)ソロアルバムで、彼の代表作であると同時にプログレッシブロックを代表する傑作だ。

早熟の天才、リック・ウェイクマン

ウェイクマンは7歳頃からピアノを習い始め、中学生の頃には教会のオルガンやクラリネットも演奏できるようになっていた。14歳で地元のブルースバンド、アトランティック・ブルースに参加(クラシック一辺倒に見える彼の演奏からは想像しにくいが、当時のブリティッシュロッカーなら必ず通る道である)する。この後、さまざまなグループでポップスやフォークなどを演奏するようになるのだが、高校を卒業するとクラシックのピアノ奏者になるべく王立音楽大学(Royal College of Musicで、王立音楽アカデミー(Royal Academy of Music)とは違う学校)に入学する。若い時にはよくあることだが、入る前は根拠のない自信に満ちあふれていたが、いざ入学してみると、自分ぐらいの才能がたくさんいることに気づかされ、徐々にやる気を失いパブに入り浸るようになる。

ある日、彼に転機が訪れる。アメリカの著名なソウルグループのアイク&ティナ・ターナーが、訪英する時のサポートミュージシャンを探していると聞きオーディションに参加したところ、トニー・ビスコンティ(デビッド・ボウイ、T-レックスなど)、ガス・ダッジョン(エルトン・ジョン、マグナ・カルタなど)、デニー・コーデル(ジョー・コッカーなど。のちにレオン・ラッセルとシェルター・レコードを立ち上げる)といった大物プロデューサーの目に止まったのだ。特にコーデルはウェイクマンの技術を高く買い、自分のレーベル(Regal Zonophone Records)のスタジオミュージシャンとして働くよう誘っている。これがきっかけとなって、ウェイクマンは音楽大学をドロップアウト、69年に20歳の若さでフルタイムのスタジオミュージシャンとなる。