『落下の王国』インタラクティブな製作過程がもたらしたもの

引用元:CINEMORE
『落下の王国』インタラクティブな製作過程がもたらしたもの

 アカデミー賞やゴールデングローブ賞に候補入りしたわけではなく、ましてや興行収入で爆発的なヒットに恵まれたわけでもない。しかし、いざ本作と真向かうと圧倒的な映像力に引き込まれ、これは自分にとって生涯忘れ得ぬ作品になるだろうと直感的に思い知らされる。

 CM出身の映像クリエイター、ターセム・シンが放つ長編第2作目『落下の王国』(06)は、既存の物差しでは到底推し量ることのできない作品だ。公開当時、劇場スクリーン一杯に広がった「CGほぼ無使用」の圧巻なビジュアリティからも作り手の執念が伝わってきたが、後になってその裏側を深掘りすると、さらなる常識離れした部分が見えてくる。

 なにしろ構想期間は20年以上、撮影場所は24か国を超えるという。こんな無尽蔵なプロジェクトゆえ資金集めは困難を極め、これほどのスケールにもかかわらず大手会社が一切絡まない状態で制作が進められた。ターセム自身もはじめから自主プロジェクト、あるいはライフワーク的な位置付けで、この企画に取り組んでいたようだ。 『落下の王国』インタラクティブな製作過程がもたらしたもの (c)Photofest / Getty Images

人生の大きな絶望が、この映画を生むきっかけとなった

 ずっと「構想中」状態だった企画は、ある日、唐突に転機を迎える。それはターセムが生涯を共にしたいと願っていた恋人が自分の元を離れていったことだった。恋に破れて傷心するなんて、そんな青臭い、と感じるかもしれないが、実際のところターセムの憔悴ぶりは周りが見てられないほどひどいものだったとか。この様子に実弟もたまりかねて「ずっと温めていたあの映画を作ろう」と提案してくれたという。

 頭の中に広がるイマジネーションに過ぎなかったプロジェクトは、こうして具現化へ向けて大きな舵を切り始めた。ただしここからも決して順調に進んでいったわけではない。

 まずは主役の女の子をキャスティングしないことには何も始まらない。ターセムはCM撮影で世界各国を飛び回るごとに、現地の小学校にスタッフを派遣して理想の少女がいないか探させた。何年もかかってようやく見つけたのが、一人のルーマニアの少女だった。

 彼女は英語がうまく話せない。お人形さんのように可愛らしいわけでもない、ぽっちゃり系のお嬢さん。でも相手の言葉に懸命に耳を傾け、こちらが思ってもみないとびきりの反応を返す。一方、相手役にはリー・ペイスが選ばれた。のちに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(14)のロナン役で知名度MAXに達する彼だが、この頃はほぼ無名に等しかった。こうしてキャスティングされた二人の巻き起こす化学反応こそ、本作の核となっていくのである。