松本白鸚が33年ぶり「沼津」平作初挑戦 「今回だけは『一世一代』と言っても構わない」

引用元:スポーツ報知
松本白鸚が33年ぶり「沼津」平作初挑戦 「今回だけは『一世一代』と言っても構わない」

 新型コロナウイルス感染拡大防止で公演中止中の東京・歌舞伎座は、11日に「三月大歌舞伎」(26日まで)を開幕させる予定だ。今回のようなケースは約400年続く歌舞伎史でも例がない。今回登場するのは、その歌舞伎座公演に出演する松本白鸚。初日を控えた心境を語るとともに、77歳の初役で挑む「沼津」の平作役について「今回だけは『一世一代』と言っても構わない」という。見逃せない“最初で最後”の平作。その思いの奥にあるものは何か―。(内野 小百美)

 「悲しみや苦しみを、勇気と希望に変えて」。白鸚はこれを信条に舞台に立ってきた。しかしこの言葉が、今ほど重みを持って聞こえることはない。コロナウイルスはライブが命の伝統芸能にも影響を及ぼした。

 「いまも罹患(りかん)されて苦しい思いをされている方がたくさんおられる。一日も早い終息を祈るしかない。その中で初日を開けさせていただける。一俳優としてそのことに感謝しなければなりません」

 本来は2日初日のところ、9日間(計18公演)が公演中止となった。威風堂々とたたずむ歌舞伎座。扉を閉じた静けさの中にあっても、その姿を見れば特別のオーラをまとった劇場であることをうかがわせる。

 「おいでになる方もいろんな思いを抱えて観劇にいらっしゃる。私たちにできるのは、ほんの数時間でも現実を置いて過ごしてもらうこと。特別の初日になるでしょう。いつもに増して一回、一回の舞台を大切に全力を尽くしたい」

 出演演目でも今月は特別の思いがある。別れた親子の悲しい再会を描く「沼津」では雲助平作を初めて演じる。昨年9月、体調を崩した中村吉右衛門(75)の代役を白鸚の長男・松本幸四郎(47)が勤め呉服屋十兵衛を演じた。未経験の役と思えない表現力で、劇場を救った。

 「開演1時間前に代役が決まったと聞きました。そんなことあります? しかも間髪入れず引き受けたと。その舞台は僕も見ました。本人には言いませんが度胸、覚悟。本当によくやった、と感心しましたよ」

 今回、演目と配役を決める際、白鸚から「『沼津』はどうですか?」と伝えた。松竹幹部は驚いた。初役の平作と聞かされ、さらにびっくりしていたという。87年こんぴら歌舞伎(香川・金丸座)で17世中村勘三郎の平作、白鸚(当時幸四郎)は十兵衛役の経験がある。セリフ的にも上方の役者が演じることが多く「当時の台本は息子に渡しましたが、書き込みがあふれて活字が見えないほど。準備に1か月かけても難しい役だった。それを幸四郎はやってのけた。人間離れしてますね」

 白鸚は役の見納めを意味する「一世一代」という言葉を使わない。それはお客さんが決めるものであって役者自身が用いるべきでない、という考えからきている。「しかし今回だけは使おうかと。『一世一代』で親として何かやれないか。幸四郎の心意気に対するささやかなご褒美というかね」

 親子孫3代での襲名から2年。「9代目・幸四郎」を全うした気持ちもあるのか。「そうですね。幸四郎を36年、解き放たれて(2代目)白鸚に。初代のおやじは襲名翌年に亡くなっているので」。ほとんどまっさらの名跡の年輪を、いま確実に太くしている。

 攻める姿勢は増している。33年ぶりの「沼津」もそうだが長年やっていない役に初役、未知の世界に挑もうとする。常識的な77歳をイメージすると肩すかしを食らう。親子そろっての記者会見になれば「息子には負けたくありませんから」と言い切る。「やっていない役を勉強するのは、もちろん大変です。でもやっぱり自分の気持ちが抑えられないんですよ」。演じられる喜びを胸に刻みながら。勇猛果敢に攻め続ける。

 〇…夜の部「梶原平三誉石切」では梶原平三景時を5年ぶりに演じる。刀の目利きを頼まれる景時。名刀かを確かめるため罪人を重ねての「二つ胴(ふたつどう)」やラストで石の手水鉢が刀で割れるなどおなじみのユニークな場面も多い。「歌舞伎の世界らしく、何のてらいもなくやりたい。おとぎ話、イリュージョンだと思って楽しんでもらえれば」と話す。

 ◆三月大歌舞伎の演目と主な出演者

 【昼の部】「雛祭り」(中村福助、中村芝翫)、「通し狂言 新薄雪物語」(中村吉右衛門、松本幸四郎、片岡仁左衛門)

 【夜の部】「梶原平三誉石切」(白鸚、中村錦之助、芝翫)、「高坏(たかつき)」(幸四郎)、「沼津」(幸四郎、白鸚)

 ◆海老蔵の團十郎をつくって

 5月から歌舞伎座では13代目市川團十郎白猿襲名披露が始まる。縁戚関係の白鸚は、襲名披露を支える代表格の役者でもある。

 「初代は荒事の創始者ですからね。過去に幸四郎が團十郎になったり、また團十郎が幸四郎になったり。大変ご縁があるんです」。家系図を見れば、高麗屋と成田屋がいかに近いかが分かる。ちなみに現幸四郎と海老蔵は、はとこの関係だ。

 「彼(海老蔵)は私生活で人に言えぬ苦労、悲しみを味わってきた人間です」と言い、「彼が僕のところに話しにきたとき、確かにまわりを見渡すと皆さん亡くなってもういない。僕が一番年を取った親類になっていたことに気づかされた。胸がいっぱいになりましたね」。

 歌舞伎の最高峰にあるとされる「團十郎」という大名跡の7年ぶりの復活。プレッシャーや注目は計り知れない。「もちろん重圧はあるでしょう。でも彼なりに“彼の團十郎”をつくっていってほしいと願っています」 報知新聞社