「彼らを英雄視することは、避けるべきだと考えた」岩代太郎が奏でる『Fukushima 50』“音楽”の魅力

引用元:Movie Walker
「彼らを英雄視することは、避けるべきだと考えた」岩代太郎が奏でる『Fukushima 50』“音楽”の魅力

2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災発生。福島第一原子力発電所を想定外の大津波が襲い、原子炉がメルトダウンの危機に。日本全土、そして全世界が震撼したこの未曾有の事態に立ち向かった作業員たちの壮絶なドラマを描く『Fukushima 50』(フクシマフィフティ)が公開中だ。忠実に再現された原発のセットや、佐藤浩市や渡辺謙ら日本を代表する俳優たちの熱いドラマが光る本作だが、今回は世界的に活躍する音楽家たちによる“劇中音楽”の魅力を、作曲家・岩代太郎のコメントと共に紹介したい。

【写真を見る】岩代太郎の指揮のもと、オーケストラによって『Fukushima 50』の楽曲が奏でられていく

本作の音楽を担当した岩代は、『許されざる者』(13)や『新聞記者』(19)などの邦画はもちろん、「レッドクリフ」シリーズ(08~09)やポン・ジュノ監督作『殺人の追憶』(03)といった海外作品も手掛け、テレビ、映画、アニメと幅広いジャンルに携わってきた。そんな彼のもとに、7歳で楽壇デビューを果たしたヴァイオリニストの五嶋龍、日本を代表するチェロ奏者の長谷川陽子、さらには東京フィルハーモニー交響楽団やテンプル教会少年聖歌隊も集い、壮大かつ繊細なサウンドで物語を彩っている。

東日本大震災の発生からまもなく10年を迎えようという現代。「後世に何を伝えるべきなのか。作曲家として、8歳の娘を持つ親として、それを心に留めながらスコアをつづりました」と語る岩代の言葉からもわかるように、本作にかける思いは強い。また、今回のオーケストラメンバーに名を連ねる五嶋と長谷川については、「世界へ発信する作品として、日本を代表するお二人をセッションにお招きできたことは大変うれしくあります。そして、期待以上の演奏を披露していただき、ある意味でセリフ以上に多くを語っていると思います」と想起するなど、日本だけでなく世界を意識した楽曲作りが行われている。

美しいヴァイオリンが奏でるメロディや聖歌隊のコーラスと共に幕を開ける本作。その音に酔いしれるのも、つかの間、地震の発生により物語のシリアス度は一気に上昇する。そして、発電所の作業員や本社の上層部、官邸、避難を強いられる住民たちは、どう行動すべきかわからない状況で様々な選択を迫られる。そんな彼らの不安や焦燥感、一瞬の安らぎなど…心境に寄り添った音楽が奏でられていく。

特に、破裂寸前の原子炉の圧力を手動で下げる、ベントを行うため、伊崎利夫当直長(佐藤)が原子炉へ向かうメンバーを募るシーンは印象深い。勇気を振り絞って志願する者、手を挙げようとするが恐怖で躊躇する者など、その複雑な心理がリアルに描かれていく。このような作業員たちの心の機微を音楽で表現することについて岩代は、「最初に、彼らを英雄視するアプローチ(曲調)は避けるべきだと考えました。そのうえで、発電所スタッフとしてのプライドや使命感の裏に秘めた家族への思いが、かすかに漂うように心掛けました」と説明している。

あの時、福島第一原発では何が起きていたのか、人々はどのように対処したのか、後世に残すべき物語として作り上げられた『Fukushima 50』。「おそらく、55歳の私が生きている間は、福島原発の行く末を見届けることは叶わないでしょう。だからこそ、いつの日か、娘のような子どもたちに自分の将来に一点の曇りもなく、晴ればれとした気持ちで、この作品が観られる日が来ることを心待ちにしています」と語る岩代の言葉ように、本作にはスタッフやキャスト陣、被災された人々など、大勢の思いが込められている。そのメッセージをぜひ、劇場で受け取ってほしい。(Movie Walker・文/トライワークス)