忘れてはいけないものがある…佐藤浩市「女房と息子の顔が脳裏をよぎった。鮮明に覚えているあの日…」 主演映画『Fukushima50』6日公開

引用元:夕刊フジ
忘れてはいけないものがある…佐藤浩市「女房と息子の顔が脳裏をよぎった。鮮明に覚えているあの日…」 主演映画『Fukushima50』6日公開

 あの日、2011年3月11日午後2時46分、日本が誇る名優は自宅近くのコンビニエンスストアにいた。

 「撮影が早く終わったのでぶらついていたんです。ものすごい揺れが起きて、棚の商品がバタバタと倒れていった。『外に出てください!』と叫ぶ店員さんと、大きく揺れる信号機の光景を鮮明に覚えています」

 瞬間、家族の顔が脳裏をよぎった。無事でいるだろうかと。

 「今まで経験してきた地震とは違いましたから、女房や息子のことがまず頭に浮かびました」

 マグニチュード(M)9・0、最大震度7、日本に未曾有の被害をもたらした東日本大震災の発生から9年。当時14歳だった息子は、父や祖父の故三國連太郎さんと同じく俳優の道に。昨年のTBS系ドラマ『グランメゾン東京』での好演も記憶に新しい、寛一郎だ。

 「彼が役者をやるなんて、9年前では想像できなかった。一番反発していた時期で、僕の仕事も毛嫌いしていましたから。何本か撮影の現場に連れて行ったことがあるので、1シーンを撮るためにどれだけの人間が関わっているかということは分かっていたと思います。その上で『おやじが嫌い』というのがあったんでしょう。そういう時期は僕にもありましたから、彼の気持ちは分かります」

 自身は今年、還暦を迎える。

 「僕ら今のじいさんは昔と比べて中途半端に元気なんですよ(笑)。これからは、じいさんが大きく動き回るような映画もやりたいですね」

 ■現場に残った人たちの思い

 6日公開の主演最新作『Fukushima50(フクシマフィフティ)』(若松節朗監督)は、ノンフィクション『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』(門田隆将著、角川文庫刊)が原作だ。

 想定外の大津波に襲われ、全電源喪失という危機的状況に追い込まれた福島第一原子力発電所が舞台。5日間にわたって決死の覚悟で原子炉の制御に奔走した作業員とその家族たちの人間模様が描かれている。

 映画の話が届いたとき、「危険な素材だ」と感じたという。

 「(原発問題の)プロパガンダになっては困りますから、非常に危険度の高い作品。『誰もが知る吉田所長よりも、もっと現場の人間たちの話にしたい』という若松監督の言葉を聞いて、それなりの覚悟は必要でしたが最後まで一緒に走ろうと決めました」

 演じたのは中央制御室で作業員たちを指揮する1・2号機当直長、伊崎利夫。福島出身で現場型の熱い男だ。

 「最前線で作業していた人たちのほとんどが現地雇用だということも知らない状態で撮影に入りました。彼らがどういうメンタリティーでその場に留まったのか、本当のところまでは僕たちには分かりません。でも『何とかするのは自分たちしかいないんだ』と残った人たちの思いが、お客さんに伝わってほしい」

 撮影に臨む前、役柄さながらに部下役の共演陣を率い、飲みの席を開いた。「この年齢ですからね、どうしてもそういう立場になることが多いんですよ」と笑いつつ、共演者の労をねぎらう。

 「今回は、みんなの中でも特殊だったと思います。でも試写を見た後の彼らの目が、『この作品に参加できてよかった』と言ってくれていたんです。僕の勝手な解釈かもしれないけど、『胸を張れる作品に出られた』という思いがあったんじゃないでしょうか」

 撮影は東京・調布の角川大映スタジオに中央制御室と緊急時対策室が細密に再現されて行われ、出演者は防護服や全面マスクをつけて挑んだ。

 「照明部や撮影部からすれば役者の表情がとらえられない、録音部からすればくぐもった声だからよく分からない。映画を撮影するにはマイナスの要素ばかりでした」

 だが、そのマイナス要素を「プラスに転化できた」と続ける。

 「悪い方向に進む状況や作業員たちの危機感、恐怖心をよく表していると感じたんです。『映画の神様はいた』と思いましたね」

 「過酷な撮影だったのでは?」と聞くと、「それがね、よく覚えていないんですよ。きつかったはずなんですけどね」と苦笑い。

 「ただ、僕らが撮影でつらかったなんてのは忘れていいことなんです。忘れてはいけないものがあるわけですから」

 風化させてはいけない震災。今年も、「あの日」と向き合う。

(ペン・磯西賢/カメラ・寺河内美奈)

 ■佐藤浩市(さとう・こういち) 俳優。1960年12月10日生まれ、59歳。東京都出身。80年にNHKドラマ『続・続 事件 月の景色』で俳優デビュー。映画初出演となる81年の『青春の門』(蔵原惟繕・深作欣二監督)で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。94年の『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(深作欣二監督)、2016年の『64-ロクヨン-前編』(瀬々敬久監督)で同賞の最優秀主演男優賞を受賞した。