カラテカ矢部、アニメ『大家さんと僕』に涙 「出会いの大切さ」教わり続ける

カラテカ矢部、アニメ『大家さんと僕』に涙 「出会いの大切さ」教わり続ける

カラテカ・矢部太郎のマンガ家デビュー作で、芸人として初の快挙となる手塚治虫文化賞短編賞を受賞した『大家さんと僕』がアニメ化され、NHK総合にて3月2日から6日まで5夜連続(23:45~23:50)で放送される。矢部と1階に住むおばあちゃんの“大家さん”による温かな交流を描いた同作は、話題が話題を呼び、続編『大家さんと僕 これから』を含むシリーズ累計120万部を突破。「大家さんが好きだった」というNHKでアニメ化がかなったが、矢部は「大家さんとのお話がまさか出版されるとは。そしてまさかアニメになるなんて」と驚きの日々だそうで、「大家さんが僕に教えてくれたのは、出会いの大切さ。今でもそれを教え続けてくれている」としみじみ。さらに“エンパシー=共感力”の大切さを実感したという矢部が、大家さんとの出会いを語った。

【写真】「Yahoo!検索大賞2018」で表彰された矢部太郎

■アニメを観て涙「そこに本当に2人がいると思った」

――『大家さんと僕』のアニメ化が実現しました。放送されるNHKは大家さんも大好きだったそうですが、アニメ化が決定したときのお気持ちから教えてください。

めちゃくちゃうれしかったですね。NHKだと、本当に多くの方に観ていただけますよね。僕は「大家さんに読んでほしいな」と思って漫画を描いて、それがよかったのか、大家さん世代の方にも漫画を読んでいただくことができました。NHKで放送されたら、そういったみなさんにも観ていただけるのかなというのが、すごくうれしいです。大家さんもNHKが大好きでした。

――1話を観させていただいたところ、原作の柔らかなタッチやトーンがそのままアニメになったようで、とても優しい雰囲気の作品でした。

そうなんです! 主題歌を矢野顕子さんが担当してくださって、これがまたすごくよくて。もっと長く聴いていたいと思う曲です。実は今回、アニメ制作がはじまる初期の段階から、僕も打ち合わせなどに参加させていただいていて。普通の原作者ではありえないくらい、内部に入っている(笑)。5分アニメという形だからこそ、細かく、いろいろなお話をさせていただくことができました。「僕が漫画を描くときに使っているブラシはこういう感じです」といったことも監督にお伝えさせていただいて、柔らかな線が出るようにしていただいたりもしています。

――特にこだわってお願いしたことなどはありますか?

やっぱり僕自身は、すごくミニマムにシンプルに漫画を描いていて。読んでくれる方にも疲れないように、そして漫画を普段は読まない人にも読んでもらいたいと思っていて、そうすることである余韻のようなものが残るといいなと思っていました。アニメだと普通はもっと背景を描きこんだりするのかもしれませんが、「『大家さんと僕』はシンプルな雰囲気がいいですかね」とお伝えさせていただいて。観た方にどのように受け止められるかはちょっとまだわかりませんが、僕が観たかったものになったなというのはすごく感じています。

――僕役を上川周作さん、大家さん役を渡辺菜生子さんが演じています。声優さんの印象はいかがでしたか?

キャスティングの際にも「誰がいいでしょうね」みたいな打ち合わせをさせていただいて…。こんな経験は初めてです! 渡辺さんは『ちびまる子ちゃん』のたまちゃんを演じている方なんですが、打ち合わせのときに「渡辺さんみたいな方はいかがでしょうか」とお話しさせていただいて。『ちびまる子ちゃん』のように“日常がほんわかと続いていく”といったアニメになるといいなと思っていたこともありましたし、大家さんの少女のようなところや、それでいてちょっと人柄がつかめないような不思議さなどが、渡辺さんのお芝居にはあるなと思って。大家さんの姿と渡辺さんの声が重なったときには、僕のすべての想像を超えてきて、思わず涙が出てしまいました。

――僕役、つまり矢部さんの役は、上川周作さんが演じています。

“僕がやる”というのも可能性としてはあったかもしれないんですが、でもやっぱり観ていただく方に作品として楽しんでいただくためには、僕自身からは離れた方がいいのかなと、スタッフさんみんなで考えまして。上川さんのお芝居は、すごく自然なところがいいなと思って。僕本人がそうだというわけではないですが、実直でまじめな感じもして、それが漫画の“僕”というキャラクターにとても合っているなと思います。アフレコも見学させていただいたんですが、まず初めにザーッと1回通してやってみたところ、もうそれだけで僕は泣けてしまって。なんか、そこに2人が本当にいるような気がしたんですよね。監督から「どうですか?」と聞かれてもちょっと言葉が出てこなくて、現場がすごい空気になってしまって! 申し訳なかったです(笑)

――アニメーション制作は、ファンワークスが担当しています。ファンワークスの方に伺ったところ、「矢部さんの何事も真摯に向き合う姿についていこうと思った。作品も矢部さんのまっすぐさを基準に作っている」とお話されていました。

本当にそんなふうに考えてくださるスタッフのみなさんと一緒に作品をつくることができたのが、なによりもうれしいです。もともと個人的な漫画として描いていましたから、出版できたことも驚きですし、アニメになって、ファンワークスさんとご一緒できるなんて思ってもみませんでした。ファンワークスさんは『すみっコぐらし』の劇場アニメも作られているので、『すみっコぐらし』のファンの子どもたちにも観てもらえたらすごくうれしいです。

■大家さんと出会い“エンパシー=共感力”の大切さ実感

――大家さんとの出会いが、思いもよらなかった場所へと連れて行ってくれたのですね。

決して僕一人ではここまでくることはできませんでした。大家さんと出会って、ファンワークスさんや監督、脚本の細川徹さんとも出会えて、みなさんがいたからこそ、今回の素敵なアニメも生まれました。大家さんは出会いをすごく大切にされていた方で、僕との出会いもとても大切にしてくれました。この大切さは、大家さんが今でも、そしてこれからも僕に教え続けてくれているような気がします。「描いてみたら」と言ってくれた人がいたことで漫画も描くことができました。自分では思ってもみなかった人生ですが、こんなふうに面白く、良い人生になることもあるんだなと感じています。

――『大家さんと僕 これから』を執筆中に大家さんがお亡くなりになりました。大家さんからもらった言葉で、今でも思い出すものはありますか?

やっぱり「矢部さんは若いんだから、なんでもできるわよ」と言ってくれたことは、今でも思い出しますね。引っ越しをするときに「これからが長いわよ」とも言ってくれました。これまでもいろいろあったけれど、これからもきっといろいろなことがあると感じて、この言葉はすごく心に残っています。その「これから」のひとつがアニメなのかもしれませんし、きっと他のことにもなっていく。ずっと大家さんがそばにいる感じはしています。

――こんなに年齢の離れた方と交流を深めることもなかなかないことですし、大家さんとの出会いで価値観が変わったことも多かったでしょうか。

書籍『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を書かれたブレイディみかこさんと対談をさせていただいたときに、「これはエンパシーを描いている漫画ですね」と言っていただいたことがあって。“エンパシー”というのは、“シンパシー”ともまた違って、相手の側に立って物事を考えたりすることを言うようなんですが、僕はただ「大家さんのことをもっと知りたい」と思って仲良くなっているうちに、いつの間にか大家さんの側に立っていろいろなことを見るようになっていたんです。例えば昔は「隣に住んでいる人の音がうるさいな」とか思っていたんですが、大家さんという人を知って、大家さんのことがわかってくると、音がすることも全然イヤではなくなってくる。「ああ、今お食事に準備をしているんだな」と考えられるようになりました。きっと人はわからないからこそ、ぶつかる。大家さんはお笑いの世界とはまったく別の世界に住んでいる方ですので、僕と大家さんが離れた世界にいたからこそ、その摩擦が作品になったんだなと思っています。

――「これから」という言葉がありましたが、矢部さんの今後の目標は?

不思議な縁で、なんだかいろいろなことが起きて、今ここにたどり着いていて。そのありがたさを感じながら、漫画もお笑いも現状維持を目標にやっていきたいです(笑)

■矢部太郎

1977年、東京都生まれ。1997年にお笑いコンビ・カラテカを結成。『進ぬ!電波少年』(日本テレビ系)でスワヒリ語、モンゴル語、韓国語、コイサンマン語の4カ国語を学習。話題を呼ぶ。2007年には気象予報士の資格を取得。2017年に出版した漫画『大家さんと僕』で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。2019年7月には続編となる漫画『大家さんと僕 これから』を出版した。 成田おり枝