有志翻訳者からプロを目指す『Stoneshard』くらむ氏インタビュー「プロの翻訳者はまったく違う世界の人だと思っていた」【有志日本語化の現場から】

引用元:Game Spark
有志翻訳者からプロを目指す『Stoneshard』くらむ氏インタビュー「プロの翻訳者はまったく違う世界の人だと思っていた」【有志日本語化の現場から】

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Stoneshard』
戦争で荒廃した王国を傭兵として生きるオープンワールド型のターン制ローグライクRPG。
海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は前回、前々回に引き続き視点を変え、有志翻訳者からプロのゲーム翻訳者への転身を目指す方に話を訊きました。ぜひこれまでの記事とあわせてお読みください。

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日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。

有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。許可されているものには、Mod(ユーザーによる改造)が公式に認められている場合や、直接許可を得ている場合などがあり、最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。

「有志日本語化の現場から」では、日本語非対応の海外PCゲームを独自に翻訳している有志日本語化チームの声をお届けします。なお、本企画で取り上げる個人および団体は「メーカーの許可範囲内」もしくは「メーカー公認」のもとに活動しています。

連載第7回は有志翻訳者からプロのゲーム翻訳者への転身を目指す、くらむ氏に話を訊きました。有志日本語化の代表作には『Stoneshard』があり、『Imperator: Rome』有志日本語化の翻訳作業リーダーも務めています。

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Imperator: Rome』
アレクサンドロス大王亡き後の覇権を巡る古代国家間の争いを描くグランドストラテジー。
有志からプロの翻訳者への挑戦
今の自分とプロの翻訳者の距離感が分かっていないのですね
――有志日本語化に携わるようになったきっかけはなんですか?

くらむ氏Twitterで『Imperator: Rome』と同じParadox Interactiveの作品が日本語表示できるようになったという情報を見かけたことですね。調べていくとDiscordに翻訳コミュニティがあるらしいとわかって、その時はまだDiscordが何なのかもよく知らなかったのですが、私も手伝えるかもしれないと思って参加しました。

――プロの翻訳者になろうと思った理由を教えてください。

くらむ氏私はクローン病という指定難病を患っていて、内部障害の障害者でもあります。障害者採用枠で地方自治体に採用されたのですが、病気で休みがちになり、うつ症状も発症して辞めてしまったのですね。それからは塾のアルバイトや個別指導をしていますが、前職のこともありフルタイムで働く普通の会社員になることをためらっていました。時間的に余裕があったので翻訳コミュニティで翻訳をしていたのですが、この連載で有志翻訳者からプロになった方の話を読んで、翻訳者ならば私の能力を生かしながら自宅でできる仕事かもしれないと思ったわけです。

――今回のインタビューは様々な方に読んでいただくことになりますが、病名まで明かして問題ありませんか?

くらむ氏同じ病気で悩んでいる方も読まれるかもしれませんし、病名まで書いてもらった方が良いです。

――プロの翻訳者になるにはなにが必要で、なにが不足していると思いますか?

くらむ氏他の方もおっしゃっていましたが、日本語力でしょうか。英語を機械的に訳すだけならば、今後はAIの発展でスマートフォンでも簡単にできるようになるでしょうが、文脈に応じて適切な表現を選択するという部分はまだ人間の手が必要だと思っています。現在の私はそもそも英語力が足りていないので、そこは伸ばしていかないとダメですが、並行して日本語をもっと自由に正確に扱えるようになりたいですね。

――日本語力を高めるためにどんなことをしていますか?

くらむ氏新聞、小説、エッセイなど、硬い文面から柔らかい文面まで様々な種類の文章を広く読むようにしています。あとは、文章を読んだり書いたりする時にあまり使わないような単語に出会ったら、その言葉のしっかりとした意味を調べるようにしていますね。

――なにを利用して言葉の意味を調べていますか?

くらむ氏基本的にはネットで引ける辞書です。コトバンクを一番使うかな。英単語であればWiktionaryですね。語源までさかのぼれるので、単純にそれを読むだけでも面白いです。

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Stoneshard』
――プロの翻訳者になるために他にどんなことをしていますか?

くらむ氏自分に足りていないと感じている英語力を伸ばすために英語の勉強をしています。座学はいわゆる試験勉強みたいなものです。それに加えて、Twitchの日本語学習者のコミュニティに出入りして、毎日英語でコミュニケーションを取っています。

――どんな方法でコミュニケーションしているのですか?

くらむ氏基本的にはテキストチャットですね。たまにボイスチャットです。向こうの方は気軽に誘ってくれますので。リスニングやスピーキングが翻訳者にどれくらい必要なのか分からないのですが、くだけた表現もかなり使われるので、学校で習った英語だけでない知識をたくさん得ることができます。

――プロの翻訳者になるために今後なにをしようと考えていますか?

くらむ氏まずは通信教育で翻訳者の講座を受けようと思っています。並行して翻訳会社のトライアル(試験)も受けてみるかもしれません。

――トライアルを受けるかどうかは決めていないのですか?

くらむ氏当たって砕けろでいくつか受けるのもありかなという感じです。結局、今の自分とプロの翻訳者の距離感が分かっていないのですね。この連載を見るまでは、プロの翻訳者はまったく違う世界の人だと思っていたわけです。距離感が縮まったとは思うけれど、じゃあどれくらいだろうという気持ちが残っています。

――どれくらいの実力があればプロになれるかわからないと言う意味ですね。

くらむ氏そういうことです。それを通信講座で学べるかもしれないと期待しています。

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Stoneshard』
――プロの翻訳者を目指す上で有志日本語化の経験は役に立っていますか?

くらむ氏翻訳という世界に自分が触れたのが有志日本語化なので、それがなかったら目指していないだろうという意味ではすべてが役に立っていると言えます。技術的には、ゲーム翻訳というものを体験で理解できたことでしょうか。例えば、一つの大きな文章に見えるものでもデータとしては細かくバラバラに配置されていて、実際のゲームにどのように落とし込まれているのかを把握するのが難しいといったことです。

――プロの翻訳者を目指す上でこれまでにどんな障害がありましたか?

くらむ氏特に障害を感じたことはありません。ただ、有志翻訳であれば自分が好むゲームの翻訳だけこなせば良いですが、プロになったらそうもいかないでしょう。色々なゲームの、それこそ日本語版しか出ていないゲームでどのような表現が使われているのか、そういう知識を広く得ていかないとダメだと思っています。

――プロの翻訳者を目指す中で見方が変わったことはありますか?

くらむ氏ゲームに使われる日本語の表現が気になるようになりました。例えば、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』には句読点が使われていないのですが、それでも意味が取りやすいように空白で区切って書かれています。どこに区切りを入れると読みやすくなるのかという観点は今までありませんでした。

――具体的な文章を挙げると?

くらむ氏実は私は未プレイでして(笑)。外国の方が日本語版でプレイしている動画を見て気がつきました。このように感じたのは、日本語学習者の方でも読みやすい文章になっていることが多いと感じたからでもあります。任天堂のゲームをあまりプレイしたことがなかったので、逆に他のゲームと比べて日本語の表現が違うなと思いました。

文中に登場する『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』のワンシーン
――正直なところプロの翻訳者になれると思いますか?

くらむ氏やってやれないはずはないと思っています。私の努力しだいです。こんな風に取材を受けて記事になること自体が、翻訳者を目指していなかったらありえなかった話ですから、少しずつでも前進していると思っています。

――プロの翻訳者になっても有志日本語化は続けていきますか?

くらむ氏どのくらい忙しくなるのか全然つかめないので、はっきりとは分かりませんが、まったく手を引こうという考えはありませんね。仕事として受けなくとも、ぜひ日本語でプレイしたいと思うゲームが出てきたら、たぶん自分で翻訳してプレイすると思います。

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有志翻訳者として思うこと
翻訳には評論や物語を書くのと同じ技術を使っている側面がある
――『Stoneshard』を日本語化した経緯を教えてください。

くらむ氏『Stoneshard』はゲーム系メディアで紹介されていて、面白そうだなと思い購入しました。ファイルをのぞいてみたところ簡単に日本語が表示できたので、よし一人で翻訳してみるかと思い立ったのがきっかけです。その頃にはもう翻訳者になろうという考えがあったので、自分の力試しの気持ちもありました。

――開発者の許可はどのように得たのですか?

くらむ氏最初はどこに連絡したら良いかわからず困ったのですが、公式Discordサーバーに参加し、開発者の方にDMを送って許可をいただきました。コミュニティの質問チャンネルで、開発者はどなたですかと質問して返事をもらえたので、その後にDMを送ったのです。Discordに行っても誰が開発者なのかわかりにくいですからね。

――許可は簡単にもらえましたか?

くらむ氏最初に連絡を送ったところ、将来的には公式日本語化の予定があり、翻訳者はすでに他の方に決まっているようでした。履歴書を見たいというので送信したのですが、その後音沙汰がなく不安を感じていました。この取材を受ける運びになり再度確認したところ、すぐに返信が来て、二つ返事で有志日本語化を自由に配布しても良いと言っていただけました。開発に忙殺されていたようですね。

――なぜこれまでボランティアとして活動してきたのですか?

くらむ氏一つには翻訳という作業そのものが単純に面白い点です。Twitterで見かける中には、ゲームよりもむしろ翻訳するために活動しているように思える方もいらっしゃいます。もう一つは、コミュニティで色々と交流することが楽しいところですね。

――翻訳のどこに面白さを感じていますか?

くらむ氏翻訳では機械的に英文を日本語に直すだけでなく、その文が置かれた文脈や、どういった機能を持つ文なのかによって、日本語のニュアンスを変えていかなければなりません。例えば、ゲーム中の効果を説明する部分であれば、解釈の幅が広くならないように、しっかりと理解できる文章を書く必要があります。それに対して会話文であれば、実際の人物が口語で用いるような、くだけた表現を使わないと違和感が生じます。そういうことを試行錯誤して色々な表現を扱う部分がとても面白く感じます。翻訳には評論や物語を書くのと同じ技術を使っている側面があるのですね。

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Stoneshard』
――有志日本語化に必要な能力はなんだと思いますか?

くらむ氏翻訳に必要な能力の他に、協調性と調整能力でしょうか。有志翻訳では他人の誤訳を見つけてしまったり、誤訳ではないけれど表現がゲームに合っていないと思われる箇所があったりします。そういう部分で、指摘の仕方とかも含めてうまくやっていくことは大事です。

――翻訳する上でのやる気はどのように維持していますか?

くらむ氏やっぱり利用者の方の反応があると、やるぞという気持ちになりますね。日本語化が欲しかったので助かりますとか、ゲームを購入する動機になっているようなものは格別です。全然知らない人が配信で私の翻訳データを使っていたりするのも、とても嬉しい気持ちになります。

――特に翻訳が難しい表現を教えてください。

くらむ氏“encourage”ですね。よく出てくるのに毎回しっくりくる日本語表現に困ります。辞書的には励ますとか勇気づけるといった意味ですが、そういう翻訳ができたことが一度もありません。例えば、こういう感じの文章で励ますとか勇気づけるはまったく違いますよね。

A encouraged armies to desert from B.
ですから、こういう風に翻訳したわけですが、毎回同じように困ってしまいます。

Aは部隊に対してBの指揮を離れるよう働きかけました。
――文脈によってふさわしい訳語が変わるのですね。

くらむ氏そういうことです。たぶん私が英単語の持っているニュアンスを捉え切れていないのだと思います。こういう単語は本当にたくさんあって、本当に勉強不足を実感してしまいます。

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Imperator: Rome』
――翻訳していて新しい知識が得られることはありますか?

くらむ氏たくさんあります。例えば、『Imperator: Rome』の翻訳作業では一時期ずっとサンスクリット語(古代インドなどで用いられた言語)と格闘していました。歴史を取り扱うゲームでは、英語版であってもアルファベットに転写された当時の固有名詞がたくさん出てきます。これをどのように日本語として表すのかを考えた時に、やはり元になった言語の読み方を調べる必要が出てくるのですね。同じようなことをラテン語、古典ギリシャ語、セム系言語などでも行うわけです。

――それは大変な作業ですね。

くらむ氏知らない単語を調べると、それにまつわる歴史だったり、逸話だったり、いろんな豆知識が得られます。私はそういったことを調べるのが好きな方なので、やっていて楽しい作業ですね。

――辞書や事典はどのように利用していますか?

くらむ氏分からない単語を引くというのはみんな同じだと思います。あとは、類語ですね。英単語でも同じような意味でたくさんの言葉があるので、それがあえて使い分けられているような場合は、翻訳する時も異なる訳語をあてたりするのに調べています。Oxford Learner’s DictionariesやWeblioをよく使っていますね。

――翻訳にはどのようなツールを使用していますか?

くらむ氏機械翻訳ですと、他の方も挙げられていたみらい翻訳はとても精度が高いように思いますので、構文を理解するのに苦労した時などに使います。テキストエディタのNotepad++や差分を調べるWinMergeもよく使いますね。Mouse Dictionaryというブラウザの拡張機能も必需品です。あとはGoogleスプレッドシートと、ニッチですがParaTranzも使っています。

――ParaTranzとはどのようなツールですか?

くらむ氏英語の原文を見ながら訳文を入力できるのですが、原文と訳文双方の更新履歴を簡単に見ることができて、誰が編集したのかもすぐにわかります。用語集を作ったり、校正済みの翻訳やあやしい翻訳にはマークをつけたり、類似の翻訳文を簡単に参照できるなど、便利な機能が一通り揃っています。

――それは便利ですね。

くらむ氏電卓みたいなものですね。手計算でもできるけど、だれでも簡単に、早く計算をこなせるようになる感じです。ParaTranzでできることは、たぶんスプレッドシートでもできます。しかし、それを自分で実装するには知識が必要ですからね。

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Stoneshard』
――翻訳する上でゲームに関する専門知識は必要ですか?

くらむ氏必須ではないかもしれませんが、いわゆるお約束というか、ゲームで頻繁に用いられる表現を知っていることはゲームを翻訳する上でかなり便利です。ゲームをよくプレイする人なら「スタン」と言われたら、キャラクターや敵がどういう状態になるのかすぐわかります。しかし、これを変に日本語に翻訳してしまうと、逆に分かりにくくなりますよね。そういう意味ではゲームの知識があった方が良いと思います。

――翻訳内容を統一するためにどのような工夫をしていますか?

くらむ氏例えば、ゲーム内で特別な意味を持つ言葉であれば、議論して訳語を統一する必要がありますね。もちろん、それは自分一人で翻訳している時も同じです。敬体(です・ます調)で表現するか、常体(だ・である調)で表現するかも、ルールを決めて統一しないとゲーム全体の雰囲気がちぐはぐな翻訳になってしまいます。基本的には議論してどちらが良いか決めますが、決まらない時は投票も行います。

――共同作業をしていて嬉しかったこと、困ったことを教えてください。

くらむ氏嬉しいのは、自分が翻訳に困って放置していた文に素晴らしい翻訳がつけられることです。一人でやっていたら思いつかない良い翻訳はとても勉強になります。困るのは、全体の雰囲気とかけ離れた翻訳がなされてしまうことです。翻訳自体はまったく間違っていないけれど、ゲームの雰囲気に合わないというのは、なかなか伝えにくいです。皆さん、自分の翻訳にはそれなりに根拠があってやっているわけですからね。

くらむ氏の代表作(有志翻訳)『Imperator: Rome』
プロを目指す者からのメッセージ
プロになるにはまずその気持ちを持つことから
――有志日本語化に参加したい方はなにから始めれば良いですか?

くらむ氏まずは、すでにそのゲームの翻訳コミュニティがあるかどうかを調べてみることですね。コミュニティが立ち上がっていれば、翻訳のルールや、使用するツールなどの情報も手に入ります。すぐに作業に参加しなくても、コミュニティで交わされている会話を眺めていれば、なんとなく雰囲気もつかめてくると思います。

――同じように有志翻訳者からプロの翻訳者を目指す方へアドバイスをお願いします。

くらむ氏自分でハードルを高く上げすぎないことです。何事もそうですが、プロになるにはまずその気持ちを持つことから始めないと何も始まらないと思っています。

――有志翻訳者として開発者や業界に伝えたいことはありますか?

くらむ氏翻訳しやすいデータ形式でゲームを作っていただけるとありがたいです。例えば、今までいくつか英語版のゲームを眺めて思いましたが、ゲームによってはテキストデータがどこに含まれているのか全然わからないものもありました。私にプログラミングの知識が無いことが原因ですが、『Stoneshard』の翻訳を始めたのも日本語が簡単に表示できたからという点が大きいです。

――プロの翻訳者を目指す者として開発者や翻訳会社に伝えたいことはありますか?

くらむ氏まだプロではありませんが、プロかどうかは結局のところ、その仕事でお金をいただくかどうかです。プロとして「信頼があるかないか」はそれこそ仕事をどのようにこなすかによります。私はただプロの翻訳者になりたいわけではなく、プロの翻訳者として信頼を得られるように頑張っていきたいと考えています。ご依頼をいただければ、この気持ちを持って仕事にのぞみますので、興味をお持ちの翻訳会社様はぜひTwitterでお声掛けくださると嬉しいです。

――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。 Game*Spark FUN