村上春樹「不思議な中毒性がある」チェト・ベイカーの魅力を語る

引用元:TOKYO FM+
村上春樹「不思議な中毒性がある」チェト・ベイカーの魅力を語る

作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMの特別番組「村上RADIO」。2月16日(日)の放送は、2月23日(日・祝)19時から放送される「村上RADIO~ジャズが苦手な人のためのジャズ・ヴォーカル特集」の“予習編”をオンエア。本記事では、中盤3曲についてお話しされた概要を紹介します。古今東西のさまざまなジャズを聴いてきた村上春樹さんによる、これまでにない“ジャズ入門編”「村上RADIO~ジャズが苦手な人のためのジャズ・ヴォーカル特集」。ジャズが苦手な人でも、楽しく聴けるような村上流の入門企画を、2月16日(日)、23日(日・祝)の2週にわたってお送りします。

◆Michael Franks「Monk’s New Tune」

次はマイケル・フランクスです。マイケル・フランクスは、かなり「脱力系」の歌い方をする歌手で、チェト・ベイカーを思わせるところがあります。彼の場合、歌うのはほとんどオリジナル曲なんだけど、同じような脱力タイプが多くて。長く聴いていると、ときどき眠くなったりします。でもこの「Monk’s New Tune」は、ジャズ・フレイバーがピリッとあふれていて、僕の好みです。

主人公は夢の中で、ジャズ・ミュージシャンたちが集まってセロニアス・モンクの新曲を演奏しているところに居合わせるんです。モンクは、もうずっと前に亡くなっていますから、新曲なんてあるわけないんだけど、それでも夢の中ではちゃんと存在して、それがなんとも素敵な曲なんです。たとえ夢の話だとしても心がそそられますよね。

それではモンクの新曲なるものを聴いてください。マイケル・フランクスが歌います。ピアノのラッセル・フェランテをはじめとする、イエロージャケッツの腕利きのメンバーがバックをつとめています。1992年の録音です。

◆Lorez Alexandria「I’ve Never Been in Love Before」

次は、ロレツ・アレキサンドリア。ロレツ・アレキサンドリアは2001年に72歳で亡くなりました。とても歌のうまい人なんだけど、日本ではどうしてか過小評価されているみたいです。黒人女性歌手は歳をとると、どことなく脂ぎった歌い方になるんだけど、この人はそういうところがなくてよかった。1981年に来日したとき、銀座のジャズクラブに聴きに行きました。ピアニストがジャック・ウィルソンで、この組み合わせは最高に素敵でした。洒落ていて、ホットで、奥が深くて、まさに大人のジャズでした。僕はジャック・ウィルソンのファンだったので、彼のレコードを何枚か持っていってサインしてもらったんだけど、ロレツ・アレクサンドリアのレコードを持ってくるのをなぜか忘れたんです。
すると、それを見ていたロレツの顔がだんだん不機嫌になっていって、「おお、これはまずい」と思い、家に電話して彼女のレコードを5~6枚届けてもらいました。そして、それにサインしてもらい、それでやっと彼女も機嫌を直して、なんとか無事に、ご機嫌にステージを終えることができました。よかったです。
それが1981年4月のことです。このレコード・ジャケットには日付け入りの彼女のサインがあります。ロレツ・アレクサンドリアが「I’ve Never Been in Love Before」を歌います。「あなたの他に愛した人はいない」。1964年の録音、ウィントン・ケリーの自由自在なピアノ伴奏が素敵です。僕の持っているサイン入りのアナログ・レコードで聴いてください。うまいでしょ、なかなか……。