電気グルーヴだけが作り得た前人未踏のマスター・ピース『A

引用元:OKMusic
電気グルーヴだけが作り得た前人未踏のマスター・ピース『A

OKMusicで好評連載中の『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』のアーカイブス。今もなお日本のテクノ、エレクトリックシーンにおいて他に類を見ない存在感を放ち続ける孤高の音楽ユニット、電気グルーヴのマスター・ピース『A(エース)』を取り上げたい。大型ロックフェスでは海外からの招聘アーティストを向うに回し、ヘッドライナーを務めることも何ら不思議ではない電気グルーヴは日本を代表するグループである一方、最近ではメンバーの一人、ピエール瀧が日本映画界では欠かせない個性派俳優となっており、一般的には瀧が音楽をやっていることすら知らない人も多いのかもしれない。そんな未だ触れたことも聴いたこともない人たちに電気グルーヴの素晴らしさを知ってもらえれば幸いである。
※本稿は2015年に掲載

ループに隠された絶妙なサウンド構築

さて、その電気グルーヴの作品の中から1作を挙げるなら、ここからテクノグループとして本格化したと言われる93年の4thアルバム『VITAMIN』もいいが、やはり97年の7th『A(エース)』に止めを刺すであろう。「『電気グルーヴにおける『ヘッド博士の世界塔』(フリッパーズ・ギターのアルバム)(※註:フリッパーズ・ギターの最高傑作とも言われる)を作るまでは電気を解散させるわけにはいかない』と以前から発言していた砂原良徳はこのアルバム(※註:『A(エース)』)の出来に満足し、次作であるアルバム『VOXXX』のレコーディング中に音楽性の違いから脱退を表明」(「」はウィキペディアより抜粋)というのは有名な話である。

このアルバムは全11曲で収録時間65分49秒。8分を超えるM5「パラシュート」やM8「あすなろサンシャイン」も収録されている上、このアルバムに限ったことではないが、そもそも電気の楽曲は言語的にはあまり物語性がない……というか、誤解を恐れずに言えば、ストレートに意味をなさない歌詞も多いので、タイムだけ見たら、まさに下手なドキュメンタリー映画よろしく、単に冗長なアバンギャルド音楽と捉えられてもおかしくないだろう。だが、この作品はむしろ逆で、「ずっとこの世界に身を委ねていたい」と思わせるような、絶妙なバランスでサウンドが構築されているのである。

これはエレクトロニックミュージックならではのことでもあるが、『A(エース)』も基本はループミュージックであり、サンプリングしたフレーズを繰り返すことでバックトラックにしている(「ループ ゾンビ」というループ感を強調したナンバーを収録しているが、これをラストに入れている辺りが何とも心憎い)。もちろんそのトラックの作り方が巧みである点が電気のすごさのひとつであり、それは本作でも随所に感じられる。M1「かっこいいジャンパー」でのジャーマンエレクトロニックとエキゾチックなアジアンテイストの融合。M3「ポケット カウボーイ」で聴かせるファミコンっぽい音作りでのレトロフューチャー感。M6「ガリガリ君」での極めて硬質な、まさしくガリガリしたサウンドメイキング。M10「SMOKY BUBBLES」では、ノイズ混じりのSP盤のような音質を感じさせつつも、全体的にはフワフワしたどこか現実味のない独特のアシッド幻想感を醸し出している。

これらだけでも十分に素晴らしい仕事と言えるはずだが、『A(エース)』の良さはそれらを持って楽曲をポップかつスリリングに仕上げている点だと思う。例えば、前述のM5「パラシュート」。アップテンポのビートと、それと並走するベースが楽曲の推進力ではあるが、その上に重なるシンセが高音に上昇し続ける様子が、楽曲全体に得も言われぬ高揚感を生んでいる。それは、M8「あすなろサンシャイン」も同様だ。アッパーなビートに、《あすなろサンシャイン》《なろう なろう 明日なろう 明日は桧の木になろう》のコーラスを含めて様々な音が折り重なっていくのだが、これがどこに辿り着くか分からない、いい意味で先の読めない構成。途中から、この楽曲のためにしっかりとヴォーカルトレーニングを受けたという瀧の歌が入ったり、一旦ブレイクした後にベースがファンキーになり、全体がソウル調になったりと、気付くと後半に進むに従って解放感へと導かれていく。アウトロで「Shangri-La」へとつながる展開も実に素晴らしいし、簡単に言えば、アガるような仕掛けが施されているのである。