編集者は漫画家を助ける“壁”――『恋は雨上がりのように』作者が最新作『九龍ジェネリックロマンス』を作るまで

引用元:ねとらぼ
編集者は漫画家を助ける“壁”――『恋は雨上がりのように』作者が最新作『九龍ジェネリックロマンス』を作るまで

 漫画『恋は雨上がりのように』(以下、「恋雨」)で、現代に爽やかな風を放った眉月じゅんさんの最新作『九龍ジェネリックロマンス』(以下、「クーロン」)のコミックス1巻が2月19日に発売されました。

【画像:漫画を読む】

 2019年11月から週刊ヤングジャンプで連載している同作は、東洋の魔窟・九龍城砦(くーろんじょうさい)を舞台にした恋愛マンガ。「過去・現在・未来が交差するディストピア」と銘打たれているように、丁寧に読むと物語の随所に「仕掛け」が施されています。圧倒的な世界観もあって、映画を観るような読書体験ができる一作です。

【九龍城砦】香港の九龍にあった城塞。第二次世界大戦後に巨大なスラム街となり、「東洋の魔窟」と呼ばれた。カオスの象徴だったが、1984年の香港返還決定に伴い、取り壊し&住民の強制移住が発表。1993~1994年に取り壊された。

 ねとらぼでは、単行本発売に合わせて作者の眉月じゅんさん、担当編集の大熊八甲さんをインタビュー。前編では「作品の成り立ち」や「お互いの魅力」、また「『恋雨』担当との関係」などを聞きました。第1話の試し読みとあわせてお届けします。

(取材:高橋史彦、福田瑠千代)

眉月じゅん

2007年に『さよならデイジー』で集英社の新人賞入賞。2014年にスタートした『恋は雨上がりのように』(小学館)でブレイク。2019年11月から『九龍ジェネリックロマンス』連載中。欲しいものは「時間」。昔は猫のアイコンだった。

大熊八甲

集英社・週刊ヤングジャンプ編集部所属。『ねじまきカギュー』『ワンパンマン』『干物妹!うまるちゃん』『ゴールデンカムイ』『明日ちゃんのセーラー服』などヒット作を連発している。ヤンジャンでの立ち上げ本数は現役最多(?)。

「クーロンズ・ゲート」の影響、どこかの九龍城砦

――作品が始まった経緯を伺いたいです。大熊さんとのコンビはいつからですか?

眉月:約5年前ですね。紹介してもらった当時は「恋雨」が連載中だったのもあって、具体的な話は全然できていなかったのですが、その時から九龍城砦を題材にしたいなと思っていました。昔から九龍城砦がモチーフとして好きだったんです。それに似合う世界観や話もうっすらあって、そこを大熊さんとやれたらいいな、と。

――九龍城砦との出会いは何だったんでしょう。

眉月:中学生でプレイした「クーロンズ・ゲート」ですかね。その頃買った九龍城砦の写真集が今資料として大活躍しています(笑)。ゲームは方向音痴の私には難しくて最後までクリアできなかったけれど。あとは当時、ドキュメンタリー番組で見た九龍城砦の印象が強かったから。その2つですね。

【クーロンズ・ゲート】1997年に発売されたアドベンチャーゲーム。正式名称は「KOWLOON’S GATE クーロンズ・ゲート-九龍風水傳-」。カルト的人気を誇り、2019年11月に正統続編「クーロンズリゾーム」の制作も発表された。

――そこだったんですね。眉月さんは「恋雨」連載中の2017年にヤンジャンに読み切りを描いていました。

眉月:短編集をヤンジャンレーベルから出したくて、そのために読み切りを作ろうと。その前から大熊さんとは「シン・ゴジラ」や「帰ってきたヒトラー」といった映画を一緒に見に行っていて。ただ忙しい方なので、このまま何もしないのは申し訳ないと思い、「恋雨」も終盤に差し掛かり、スケジュールは大変だったけれど読み切りを1本出しました。

大熊:恐縮です。

眉月:そうこうして「恋雨」が終わり、「クーロン」の構成を考えてさぁ話すぞというときに「こんなに何年もタメて箸にも棒にもかからなかったらどうしよう」とプレッシャーを感じたんですが、無事……良かったです。

大熊:僕に気を使っていただいて申し訳ないというか、(作家と編集者の関係が)逆じゃないですか?

眉月:大熊さんはちょっと話してリアクション見ただけで「あ、全然駄目だ!」ってわかりやすいから(笑)。「クーロン」について話したときは「これは大丈夫そうだ」と思って。

大熊:すごい洞察力。自分ではわからないので……怖い話ですね。

――関係性が(笑)。「クーロン」の概要を聞いてどう思いましたか?

大熊:面白そうだなと。僕は西岸良平さんの『三丁目の夕日』がとても好きなんです。みんなの心象風景に三丁目みたいな“ひなびた故郷の夕日”がある。眉月さんも以前、横浜の雑多な町並みに親しみを感じると仰っていて。原風景は万人の中にあるだろうし、九龍城砦という場所には力(スター性)と親しみやすさ(共感性)がある。何より本人が「描きたい」と思っているのが最高の原動力なので良いなと。そう感じたのが表情に出たんでしょうね。

眉月:『三丁目の夕日』は実在しない町が舞台なんですよね。

大熊:どこかの、なんですよ。絶妙ですよ。本作で描かれる九龍城砦もどこかの九龍城砦なんです。

【三丁目の夕日】1974年からビッグコミックオリジナルで連載中。1話完結型で進んでいく。既刊67巻。2005年に『ALWAYS 三丁目の夕日』として実写映画化され大ヒットした。