『クローバーフィールド』稀代のヒットメーカー J・J・エイブラムスがつくる、9.11後のパニック映画とは

引用元:CINEMORE

 ニューヨークに突然現れる正体不明の「何か」に襲われる人々の壮絶な一夜を、フェイクドキュメンタリーの手法で描いた本作『クローバーフィールド』(08)はアメリカで大ヒットを記録、3ヶ月遅れで公開した日本でも興行収入12億円と好成績を残した。

 タイトルもストーリーも説明せずに不安感をあおることだけに特化した予告編や、頭部を失った自由の女神をメインジュアルにしたタイトルの無いポスター、裏設定に関わる事件を報道した偽のニュース番組のYouTube放送など、インターネットを活用した極めて現代的なアプローチをとった。映画の中身が露出し過ぎないように周到にコントロールし、戦略的なPRを展開したことがヒットに大きく寄与したと言われている。

 要は本作は「ドキュメンタリーの手法をとったモンスターパニック映画」である。いくら宣伝が効果を上げたとはいえ、内容だけを聞けば見る人を選び、大ヒットにはなかなか結びつかなさそうだが、なぜそこまでの成果を上げることができたのだろうか。

きっかけは来日だった

 本作を立ち上げたのは、J・J・エイブラムス。予告編で初めに出てくるのは監督のマット・リーヴスではなく、プロデューサーの彼の名前である。『アルマゲドン』(98)の脚本やTVドラマ『LOST』(04~10)の製作・演出・脚本を手がけて注目され、『ミッション:インポッシブルIII』(06)、『スタートレック』(09)、ついには『スターウォーズ/フォースの覚醒』(15)まで監督、制作会社BAD ROBOTというハリウッドのヒット震源地をとり仕切る、泣く子もだまるヒットメーカーである。

 本作のきっかけは、彼が『M:I:III』のプロモーションで来日したとき、子供と行った原宿のキディランドでゴジラのフィギュアを見たことだという。今は皆もう忘れてしまっているが、ゴジラは当時の原子力や戦争などの象徴として開発され、科学的進歩が人類を幸せにするのか、強大な抗いがたい力にどう対抗するかなどをテーマにした、ジャーナリズムやメッセージ性の高い怪獣映画であった。

 そのような背景をもつモンスターが人形としておもちゃ屋に並び、文化として生活に浸透している様に感銘を受け、アメリカ人がもっと受け入れることのできる、新たな怪獣映画を作りたいと思ったという。

 ゴジラがアメリカで既に知名度を得ている以上、怪獣が冒頭から出てきて暴れまわり、軍人や科学者が知恵を絞って倒すという、同じような構造は避けなければならなかった。また、モンスターものは資金集めに苦労するのは目に見えていた。だったら、POV方式(Point of View shot 主観ショット)によるフェイクドキュメンタリーにして低予算で撮ろう、という発想だった。一市民の目線にして、状況を見せ過ぎない。モンスターもなかなか見えない。全て逆転の発想である。

 このアイデア。これが全てと言っては元も子もないが、この映画の真の価値は、ハリウッドがフェイクドキュメンタリーに本気で取り組んだこと、であると思う。過去に大ヒットした、制作費約650万円の『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)や制作費160万円の『パラノーマル・アクティビティ』(07)も、全く無名の自主映画がたまたま化けた、ということであって、神ヒットを狙って作ったわけではなかった。

 しかし本作はJ・J・エイブラムスというハリウッド気鋭の映画人が、ヒットをするべくして作ったものである。低予算とはいえ約27億円(確かにこの予算でよく作った)かけている映画だ。実は観客は、こういう映画を見たかったのではないかと思う。クオリティの高いフェイクドキュメンタリーで、ひたすら怖いもの。無意識にあったその思いを、ある一本の予告編が揺さぶり、人々の関心が一気にこの作品に向くことになったのだ。

 ハンディカムで撮られたブレブレの長回しの映像。巨大な何かが轟音とともに、摩天楼の遠方から飛んできて、駐車している車をなぎ倒しながら目の前に墜落する_。落ちてきたのは、自由の女神の頭部。プロが見てもどういう合成をしているか瞬時には判断できないほど臨場感に溢れた、高いクオリティの映像。何も知らずに映画館で見た人は度肝を抜かれつつ、多くのアメリカ人は既視感を感じざるを得ない、そう、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロが脳裏に浮かぶことになるのだ。