70年代初頭のアメリカの若者の苦悩を代弁した、シカゴの代表作『シカゴと23の誓い』

引用元:OKMusic
70年代初頭のアメリカの若者の苦悩を代弁した、シカゴの代表作『シカゴと23の誓い』

OKMusicで好評連載中の『これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!』のアーカイブス。今回はブラッド・スウェット・アンド・ティアーズやチェイスと並び、“ブラスロック”グループのひとつとして知られるシカゴの2作目となる2枚組(LP発売時)アルバム『シカゴと23の誓い(原題:Chicago)』を紹介する。
※本稿は2016年に掲載

シングル盤で振り返る1970年のヒット曲

『シカゴと23の誓い』がリリースされた1970年は、大阪万博が開催された年であり、ビートルズが解散した年だ。ロックが誕生してから10年以上が経過し、斬新なサウンドを持ったグループやシンガーが続々と登場してきた時期でもある。

自分で買ったシングル盤をもとに、この年のヒット曲を思い出してみると、レッド・ツェッペリン「移民の歌」(ハードロック)、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル「トラヴェリン・バンド」(スワンプロック)、ブレッド「二人の架け橋」(フォークロック)、ショッキング・ブルー「ヴィーナス」「悲しき鉄道員」(ポップロック:出身がオランダであったため、ダッチサウンドとも呼ばれた)、ジャクソン5「ABC」(モータウンソウル)、マンゴ・ジェリー「イン・ザ・サマータイム」(スキッフル)、マッシュマッカーン「霧の中の二人」(カナディアンロック)などが日本では大ヒットを記録していて、実に多彩なロックグループが輩出されていた時代であったと言える。

最も親しみやすいブラスロックグループ

そんな中、同じく大ヒットしていたのが本作に収録されている「長い夜」。当時、僕の大好きだったハードロックのテイストではあるのだが、他のグループとはひと味もふた味も違っていたのが印象的であった。その違いとは、大々的に導入されたホーンセクションの存在であり、管楽器が入るとサウンドの厚みが大幅に増すということを体験した。ほどなくして、ホーンセクションを加えたロックを“ブラスロック”と呼ぶと知った。しかし、この呼び方は日本だけのもので、海外では“ジャズロック”のカテゴリーに分けられている。

シカゴの他にも、先輩格のブラッド・スウェット・アンド・ティアーズをはじめ、チェイス、タワー・オブ・パワー(今でこそファンクバンドとされているが、当時はタワーでさえブラスロックの範疇で語られることが少なくなかった)など、いくつかの“ブラスロック”グループがひしめき合っていたが、ロックを主体としたグループはシカゴとチェイスのふたつぐらいで、素直にカッコ良いと思えたのは、なんと言ってもシカゴの「長い夜」であった。同じく本作収録の「ぼくらに微笑みを」もヒットしていたが、こっちはもっとポップなサウンドで「同じグループなのに音楽性が違うじゃん」と、浅はかな中学生の僕はそう思っていた。