ラジオスターの喜劇【世界音楽放浪記vol.83】

引用元:Billboard JAPAN
ラジオスターの喜劇【世界音楽放浪記vol.83】

先日、東京・渋谷で、「第0回ラジオドラフト会議」というユニークなイベントが開催された。ライターのカルロス矢吹さんが司会を務め、土屋礼央さん、やきそばかおるさん、トミヤマユキコさん、みやーんZZさんという、ラジオを愛好する論客が「自分がラジオ局のオーナーだったら、DJに誰を指名するか」という設定で行った「架空選択会議」だ。会場には、老若男女のリスナーが詰めかけ、熱気が溢れていた。私も、ほぼ未経験だったラジオ番組制作を始めて約1年半。ようやくラジオの魅力に気付きかけてきた頃だ。とてもラジオ愛に溢れた、興味深く、刺激的なイベントだった。

だが、ラジオで音楽番組を制作するときに、一点、大きな問題が生じている。放送局は、JASRAC(日本音楽著作権協会)やNexToneといった著作権管理団体と包括契約を結び、楽曲を流している。しかしながら、音楽媒体や発信の多様化が進み、それらに信託しない楽曲が多く見受けられるようになっている。そういった作品は、著作権や著作隣接権を持つ方々に、個別に使用許諾を得る必要がある。国内でいえば、大手レコード会社に属さず、自らサブスクリプションなどで配信を行うような音楽家の創作物だ。例えば、YouTubeなどで話題になって取り上げようとしても、使用料などの条件が合わなければ、放送で流すことは出来ない。さらに海外では、既にフィジカルでのリリースが主流ではなくなっている国や地域がほとんどで、ネット配信限定というものも少なくない。ヒットした楽曲であっても、日本の著作権管理団体の管轄外であることも増えており、それぞれのライツホルダーの許諾を得る必要が生じている。この図式は、テレビでも同様だ。言い換えれば、日本の放送が、世界の音楽ビジネスの潮流と離れつつあるのだ。

では、どこでなら、最も広範囲の音楽をキャッチして聴くことが出来るのか。それは、サブスクリプションである。Spotifyでは「Radio」と題した、アーティストや時代などをモチーフにしたプレイリストが続々と生まれている。ここで聴ける楽曲は、それぞれのサービスに対して配信する許諾が得られたものだ。だから、サブスクの「Radio」で聴けても、放送の「ラジオ」では聴けないという状況も生じるのだ。

しかし、時間と英知が、このギャップを解決してくれるような気もしている。国際放送音楽番組「J-MELO」を始めた2005年当時のことを思い返してみると、放送とインターネットは対立する存在と考えられていた。私は、世界中の音楽ファンを掴むには、ウェブの力を借りる以外方策はないと確信し、インターネットによる展開を強力に押し進めた。時代が早すぎたこともあり、なかなか理解者が増えず、推進するのに大きな労力を要したが、いまでは当たり前のように、放送と通信は融合を深めている。結果的に、私が進めたことは間違いではなかったことが実証されたのだ。

サブスクリプションの中の「Radio」は、曲を羅列してあるだけなので、知らないアーティストやジャンルだと、とっつきにくいというのが実情だ。私案だが、ケイシー・ケイサムやジョン・カビラのような存在となるような、新しい感性を持つ方がDJを担ったら面白いのではないだろうか。ラジオとサブスクとは、親和性がとても高い。巧みにナビゲートする人気DJがサブスクから生まれたら、世界中にもっと日本音楽のファンが増えると思う。

バグルスが「ラジオスターの悲劇」を発表してから40年あまり。「Web killed the TV Star」、つまり「テレビスターの悲劇」を巻き起こしかねない時代が訪れている。そんな時に、ラジオスターが、音声メディアから次々と生まれたら、最高の喜劇になることだろう。Text:原田悦志

原田悦志:NHK放送総局ラジオセンター チーフ・ディレクター、明治大学講師、慶大アートセンター訪問研究員。2018年5月まで日本の音楽を世界に伝える『J-MELO』(NHKワールドJAPAN)のプロデューサーを務めるなど、多数の音楽番組の制作に携わるかたわら、国内外で行われているイベントやフェスを通じ、多種多様な音楽に触れる機会多数。現在は「イチ押し 歌のパラダイス」「ミュージック・バズ」「歌え!土曜日Love Hits」(NHKラジオ第一)などを担当。