宮沢氷魚が語る、LGBTQが題材の『his』と自身が感じたマイノリティの葛藤

引用元:Movie Walker
宮沢氷魚が語る、LGBTQが題材の『his』と自身が感じたマイノリティの葛藤

『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』(ともに19)、『mellow』(公開中)の今泉力哉監督が、青年たちの同性愛を描いた『his』(公開中)で、映画初主演を務めた宮沢氷魚。昨年出演した連続ドラマ「偽装不倫」で、唯一無二の存在感を放ってブレイクした宮沢が、LGBTQを題材にした本作にどう挑んだのか、話を聞いた。

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宮沢が演じたのは、周囲にゲイだと知られることを恐れ、東京から田舎に移り住んできた主人公、井川迅役。そんな迅の前に、自分のもとを去ったかつての恋人、日比野渚が、6歳の娘を連れて現れ、そのまま彼の家に転がり込む。その後、迅は渚から、現在の妻、玲奈との間で離婚と親権の協議中であることを告げられる。

■ 「僕もけっこう偏見の目で見られた時期がありました」

「映画初主演のプレッシャーはかなりありましたが、それよりもLGBTQというセンシティブなテーマの映画を作るという責任感を強く感じました。でも、そういった作品に出演できる喜びや楽しみのほうが大きかったので、けっこう前向きな気持ちで現場に入れたと思います」。

本作に挑んだ理由については「僕はLGBTQの友人も多いので、なんらかの形で本作の登場人物たちと同じような境遇にいる方たちが、より住みやすい世の中になってくれればと思いながら挑みました」と心の内を語った。

日々、鬱屈した想いを抱えている迅だが、実は宮沢自身も、マイノリティの葛藤に悩んだ時期があったそうだ。「僕には4分の1、アメリカ人の血が入っていたり、インターナショナルスクールに通っていたりしていたので、偏見の目で見られた時期がありました」。

宮沢は、サンフランシスコ生まれ、東京都育ちのクォーターだ。「その偏見は、自分のことを周りに理解してもらえないことだけではなく、嫉妬から生まれる他人の妬みなど、いろいろなものが入り混じったものであったのかもしれません。ただ、当時はまだ小学生だったので、なぜ自分はこんな目で見られなきゃいけないんだろうと、かなりしんどかったです」と告白。

「そのころは、どんな手を使ってでもその状況を乗り越えなきゃと思い、無理やり自分を大きく見せて、精神的に強くならなきゃと意気込んだ時期もありました。実際に、乗り越えられたかはわからないのですが、自分が大人になると、わかってくれない人もいるんだと、自分のなかで整理して考えられるようになりました」。

そんな経験を今回の役柄に投影した宮沢だったが「迅の生き辛さというものを表現するにあたり、僕が過去に経験したものでしか、体現できないんじゃないかと思っていました。でも、その考えは甘くて。迅たちの置かれている状況は、実際に僕が感じた苦しみや居場所のなさなどでは計り知れないほど辛いものだとわかりました」と述懐。

この難役に挑むにあたり、「とても心強かった」と信頼感を口にしたのが、渚役を務めた藤原季節の存在だった。『ケンとカズ』(16)や『全員死刑』(17)などの衝撃作で知られる個性派俳優の藤原は、本作では、迅に優しい眼差しを向けつつ、子煩悩な父親ぶりを見せる役柄で新境地を開拓している。

「季節くんは、これまでの出演作が強烈だったので、お会いするまでは怖かったんです(笑)。でも、実際にお会いしたらすごく優しくて、相手のことを思いやれるすばらしい人でした。また、すごく熱い人間で、自分の仕事に対してのプライドや自信があり、一緒にいて勉強にもなったし、いい刺激をたくさんもらえました」。

元カップルを演じるにあたり、撮影中は藤原と10日間の共同生活を送ったことも、大きかったという。「出会って2日目でいきなり一緒に芝居をして、その日から2人で住んでと言われました(苦笑)。距離感が急には埋まったわけではないけれど、今回は順撮りだったから、最初のぎこちない感じは、僕と季節くんの関係性がそのまま出て、逆に良かったのかもしれません。また、物語と一緒に成長し、僕たちも距離を縮めていけた気がします」。

舞台挨拶で宮沢は、「役者としての初キスシーン、ファーストキスが藤原季節でした」と告白して会場の笑いを取っていたのも微笑ましいエピソードだ。「季節くんじゃなかったら、ああいう演技はできなかったと思います。彼と僕とはタイプも違いますが、なにか価値観が合致していて、いろいろなものを共有しあえていた感じでした」と、良い絆が築けたようだ。

■ 「正解が見えない作品というのは、初めてだったかもしれない」

本作で、迅と渚、渚の妻子の複雑に絡み合った関係が、どういう形で着地するのかは、観てのお楽しみだが、宮沢は「皆がそれぞれ違うアプローチで、自分の置かれた境遇を乗り越えていきますが、人間は1人では生きていけないんだなと感じました」という感想を持ったそう。

演じた迅役について「正解が見えない作品というのは、初めてだったかもしれない」と振り返る。「ただ、正解がないからこそ成り立っている作品でもあったし、それぞれが自分の思い描く幸せに向かって闘っていく物語。かといって、1つの到達点に到達する話でもなく、先がわからないまま人生が進んでいき、それぞれが成長していく。そういう意味でも今泉監督らしいリアルな物語だなと思いました」。

本作の撮影が終わった時は「やりきった。これ以上、なにも出てこない」という達成感は感じたが、手応えはまだないそうだ。「あの時の持てる力やエネルギーは全部出しきりました。でも、僕たちの仕事はここからで、映画が公開されるまでは責任があるから」と気を緩めることはない。

「偽装不倫」でのブレイク後、宮沢がまとうミステリアスなオーラが話題となったが、彼自身は「自分ではわからないけど、『似たような俳優があまりいない』と言ってもらえるのは一番うれしいです」と笑顔を見せる。「でも、そこに頼るのはよくないから、そう見られている自分がいるということを理解したうえで、さらなるスキルや魅力をつけていけたらいいなと思っています」。

モデルとしても活躍する宮沢だが、俳優業と両方続けることについては、大いにメリットを感じているという。「モデルとして立っているだけでも、いろいろな経験をしてきた人と、経験の浅い人では、存在感がまるで違います。もちろんスキルもありますが、それだけではない経験値が、カメラを通して見るとすごく際立つんです。役者をやっていて、モデルの現場に戻ると、モデル業だけでは得られない自分の見せ方や表情を出せると思いますし、逆に俳優として演技をする時、モデルの現場で得た立ち姿や雰囲気などを上手く反映できたらいいなとも思っています。今後も、どちらもやっていきたいです」。

終始、穏やかな表情でしっかりと自分の意見を語ってくれた宮沢。彼が真摯に挑んだ映画『his』は、彼の俳優としての真価が問われる作品になりそうだ。(Movie Walker・取材・文/山崎 伸子)