『キャッツ』大抜てきの現役プリンシパル 初挑戦の歌唱シーンで14テイクの試練!

『キャッツ』大抜てきの現役プリンシパル 初挑戦の歌唱シーンで14テイクの試練!

 公開中の映画『キャッツ』で、主演のヴィクトリア役を務める英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル(そのバレエ団のトップ階級のダンサー)、フランチェスカ・ヘイワードとトム・フーパー監督がそろって来日。映画化は困難と言われた伝説的ミュージカルに挑んだ2人に、本作に込めた熱い思い、さらには今だからこそ語れる撮影秘話を聞いた。

【写真】巨匠トム・フーパー監督と大抜てきのフランチェスカ・ヘイワード インタビューカット

 本作は、全世界累計観客動員数8100万人、日本公演通算1万回を突破するなど、1981年のロンドン初演以来、世界中で愛され続ける『キャッツ』初の実写映画。『レ・ミゼラブル』のフーパー監督をはじめ、ミュージカル界の巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバー、スティーヴン・スピルバーグらが製作陣に名を連ね、ジュディ・デンチ、ジェニファー・ハドソン、イアン・マッケラン、テイラー・スウィフトなど豪華キャストが映画初挑戦のフランチェスカを盛り立てる。

■ 斬新なキャラクター造形に込めた真意

 イギリスの詩人、T・S・エリオットの詩集をもとに、『オペラ座の怪人』『レ・ミゼラブル』など大ヒットミュージカルを手掛けてきたスタッフが作り上げた奇跡の舞台劇『キャッツ』。誰もが映画化を躊躇(ちゅうちょ)する中、果敢に挑戦したフーパー監督は、舞台と同様に人間によって猫たちを表現したことについてこう振り返る。「もともと、私自身が『キャッツ』の舞台が大好きで、何よりもリスペクトしているファンの一人であること。そして、エリオットの詩集は、猫という姿を通して“人間”について書かれた作品であることから、物語の核の部分は、人間の身体表現で見せるのが一番伝わると思ったんだ」。

 さらに、キャラクター造形についてフーパー監督は、「毛皮やメイクは全てデジタルで表現することにした。その方がよりクオリティーが上がり、演じる役者たちの表情が際立ち、マジックを持つことができると思ったんだ」と述懐。その斬新な出来栄えに対して、すでに賛否の声が上がっているようだが、今回、ヒロインとなるヴィクトリア役に抜てきされたフランチェスカは、その美貌と存在感で、並居る名優たちの中でもひときわ輝きを放っている。聞けば彼女、フーパー監督同様、幼い頃から『キャッツ』の大ファンだったという。

■ 大抜てきのフランチェスカは“一生に一度出会えるかどうかの逸材”

 映画出演の経験なし、公共の場で歌ったこともない。それでも自らオーディションに応募したフランチェスカ。「初めて『キャッツ』の舞台を観たのが8歳のときでした。いろんなミュージカルを観ましたが、『キャッツ』ほど、ダンスに比重を置いているミュージカルはほかにはなかった。特に、あの有名な舞踏会の始まりを告げるバレエシーンはあまりにも美しくて…。子どもの頃、よく真似をして踊っていました」と懐かしそうに回想する。

 ヴィクトリア役を射止めたフランチェスカについてフーパー監督は、「映画での演技経験がないのにこれだけスクリーンで光り輝けるものを持ち合わせている人はいない。一生に一度、出会うかどうかの逸材だよ。彼女はカメラの前に立ったとき、カメラに対してどう動いたらいいか、自然に分かるんだ。それに、カメラで彼女を撮ると、それだけで画がもってしまう。このスキルは、ジュディやイアンといった名優たちにも決して引けを取らない。ダンスが上手なことは知っていたが、撮影を進めるうちに彼女の才能の奥深さにどんどん気づいていったんだ」と絶賛した。

■ 2日前に言い渡された歌唱シーン撮影 妥協なき14テイク撮り!

 カメラの前に立つだけで、人々を魅了する圧倒的な存在感。さぞ、問題もなく、スムーズに撮影が進んだと思いきや、やはり経験値の全くない「歌唱」のところでは、かなり苦労したようだ。女優として出演もしているテイラーが作詞・作曲に参加したエンドソング「ビューティフル・ゴースト」を歌うシーンは、特にフーパー監督の妥協なき演出がさく裂した。「この曲は、名曲『メモリー』のアンサーソングでもあり、エリオットの言葉の世界観の中でしっかり成立している美しい曲。フランチェスカには申し訳なかったが、撮影時は14テイクも重ねてしまった」と苦笑いする。

 「彼女自身は芯の強さがある人。だからこそ、それを打ち破り、内面にある『もろさ』『痛み』みたいなものを表現して欲しかったんだ」と思いを明かす。これに対してフランチェスカは、「バレエのときは、常にベストコンディションを保つために普段からトレーニングをして、本番に向けて調整をしていくわけですが、そういう準備もできないまま、2日前に急に『撮ります』と言われ、緊張とコンディションの調整不足から声が全く出なかった。でも、何度も何度もテイクを重ねて、アドバイスをフィードバックするうちに、緊張もほぐれ、自信もついてきて、おかげでとてもいいシーンが撮れたわ。これって監督の意図的なやり方なのかしら?」と、ちらり横にいるフーパー監督を見ながら笑顔を見せた。

 今回、初めて映画女優を経験したフランチェスカは、「舞台は一幕から始まって、ラストを迎えるまで、時系列で徐々に感情を高めていけますが、映画は順撮りでない限り、バラバラに撮るので、『この瞬間、悲しかった気持ちを思い出してください』と要求される。その切り替えがなかなかできなくて…そこが自分にとっては一番難しかった」と振り返る。「でも、観客の記憶の中だけに生き続けるバレエと違って、映画は自分の遺産として永遠にカタチに残るもの。それって素晴らしいことですよね。だからぜひ機会があれば、また女優にチャレンジしたいと思っています」と発言。最後は晴々とした表情で、女優継続を約束してくれた。(取材・文:坂田正樹)

 映画『キャッツ』は全国公開中。