SNS時代に「ラストレター」の意図/岩井俊二監督

引用元:日刊スポーツ
SNS時代に「ラストレター」の意図/岩井俊二監督

「手紙」を題材に愛の奇跡を描いた95年公開の名作映画「Love Letter(ラブレター)」から25年。コミュニケーション手段として、SNSが全盛期の時代に、岩井俊二監督(56)が、手紙を物語の軸に再び据えた新作「ラストレター」が公開された。作品に込めた思いを聞くと、東日本大震災直後、被災地となった故郷を訪れた際に託された希望が、その背景にあったことも明かした。【取材・松田秀彦】

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「ラストレター」は、手紙の行き違いから始まる2つの世代の男女の恋愛模様や初恋の記憶、心の再生を描いている。自分の気持ちを、スマホやパソコンを使ったSNSで伝える機会が圧倒的に多くなった現在、あえて「手紙」を創作の起点とした。

「スマホが壊れて手紙を書かざるを得なかった主婦の話を思い付いた時に、今の時代でも『ラブレター』の第2弾のような物語を作ることができるなと思ったことがきっかけでした。手紙を書かない時代だからこそ、ちょっとタイムスリップしているようなSF的な物語が自然に出来上がり、そこを楽しめたらいいなと思ったんです」

完成した脚本をもとに撮影を始めると、25年前の記憶がよみがえった。

「『ラブレター』の時を思い出しました。あの時は重要なシーンがいっぱいあるにも関わらず、撮影の最初のころ、ヒロインを演じた中山美穂さんが、手紙を書いているシーンばかりで、このままでいいのかな、これで映画になるのかなと思っていましたね。今回ここは忍耐という感じで、まるで写経を強いるような地味で過酷な撮影もありました。確かに『ラブレター』の時もこういう時間があったなと」

4年前の監督作「リップヴァンウィンクルの花嫁」では「SNS」が物語展開に大きく影響を与える作品だった。今回「手紙」を題材にして、映画表現における2つのコミュニケーション手段の“違い”を感じたという。

「SNSを打ち込んでいる場面に、普通に声のナレーションを入れると、フィットしなかった。ところが今回、手紙を書いている場面には、何の違和感もなくナレーションの声がマッチしました。SNSを打つ時と、手紙を書いている時は脳の中で起きていることが違うのかな。SNSは限られたウインドウの中で、どこか圧縮された感じがするのですが、手紙の場合は、たおやかな時間が流れている気がします。だから音や声と親和性があるのではないかと」

映画の中で「手紙」と並んで重要な存在となる「小説」に、自伝的要素が含まれていることもあり、故郷の仙台でロケ撮影を行ったが、実はもう1つ理由があった。被災者の声だった。岩井監督は震災後、ドキュメンタリー番組の制作で、被災地で撮影を行った。

「故郷やその周辺で本格的に撮影したのは、あれが最初でした。震災から2カ月後ぐらいの時、石巻の居酒屋のおかみさんに『真っ暗な映画館の中で、思う存分に泣ける映画を作って持ってきて欲しい。みんな泣きたいけど、泣けないんだ』と言われたんです」

被災地を歩いた時、不思議な感覚を持った。

「皆さん、なぜか明るいんです。ただ、その笑顔から出てくる話の内容は、自分にしがみついていた母親が流されていなくなってしまったとか、一昼夜、首まで水に浸かっていたとか、とても聞いていられない悲惨な内容ばかりでした。どうしてだろうと思っていたら、分かったんです。聞いてみると、隣同士みんなそうだったから、私だけ悲しい、寂しいとは言っていられないと言うんです。だから笑顔、冗談しか出ないんだよって」

「ラストレター」の撮影を仙台で行うことが決まった時、おかみさんの言葉と顔が浮かんだ。

「あの時の言葉は、忘れがたいものとしてありました。これまで『泣ける』というイメージで映画をつくったことがなかったですから、言うほど簡単なことではないと思っていましたが、今回の作品が、自分なりの1つの答えになったのかなと思ったりはしました。映画にはこういう役割もあると、おかみさんに教わりました。映画には本当にいろいろな方に向けて発信しているということを思い知りました」

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◆岩井俊二(いわい・しゅんじ)1963年(昭38)1月24日、宮城県生まれ。95年の長編映画デビュー作「Love Letter」がロングヒット。その後も「スワロウテイル」「四月物語」「リリィ・シュシュのすべて」「花とアリス」「市川崑物語」など話題作を発表。