西田敏行、故郷・福島への思いを即興で吐露 「一生懸命に語らせていただきました」

西田敏行、故郷・福島への思いを即興で吐露 「一生懸命に語らせていただきました」

 即興演出という独自のスタイルを持つ名匠・諏訪敦彦監督の最新作『風の電話』で、震災によって引き起こされた原発事故に心を痛める老人・今田役を務めた俳優の西田敏行。劇中、自身の出身地でもある故郷・福島への思いを激白するシーンでは、「まるでジャズの即興演奏のように、心に浮かんでくる素直な気持ちをそのまま吐露した」と語る西田が、本作の撮影現場を改めて振り返った。

【写真】優しい表情を浮かべる西田敏行、インタビューカット

 東日本大震災以降、“天国に繋がる電話”として、3万人以上の人々が訪れている電話ボックス<風の電話>をモチーフにした、初の映像作品となる本作。広島から故郷の大槌町へ、家族を亡くした少女ハルが、傷ついた心を抱えながら、見知らぬ町を旅する姿を追いかける。『ブラック校則』などで注目の新人女優・モトーラ世理奈が主人公・ハルを演じ、諏訪監督と再タッグとなる西島秀俊(『2/デュオ』)、三浦友和(『M/OTHER』)、そして西田と、日本を代表する豪華俳優陣がハルを旅先で励ます重要な役で登場する。

■撮影はまるでジャズの即興演奏

 諏訪監督が、「打ち合わせもなく、僕が『用意スタート!』と言う前に、もう芝居に入っていた」と証言するように、この作品に懸ける西田の思いは、前のめりになるほど熱いものがあったようだ。「競馬に例えるなら、今すぐにでもパドックから飛び出して、コースを走りたい! っていう気持ちでしたね。台本もなく、セリフもない。それ以前に、『私は今から何を演じるんだろう?』というちょっと不思議な感覚があって。自由に走らせてくれるというか、ジャズを即興演奏するような、そんな雰囲気がとても幸せでした」と述懐する。

 主演を務めたモトーラとの出会いも衝撃的だったと目を輝かせる西田。「私も50年以上、芝居をやってきましたが、こんなに若い女優さんで、どこか遠望しているというか、真実だけをじっと見つめているような、そんな目力を持った表現者に出会ったのは初めて。世理奈ちゃんと目が合うと、すべて見透かされているような恐怖と喜びが混ざり合う感じがして、これもまた、不思議な体験でしたね。本当は彼女、75歳くらいなんじゃないのかな(笑)」とおどけながらも感心しきり。

■故郷・福島への思いをのせて

 ハル、そして西島演じる友人の森尾に対して、今田が原発事故に対する思いを吐露する場面では、臨場感あふれる名シーンが生まれる。「福島県民にとって、そこは見過ごすことはできないところ。福島に来たら、原発事故について一家言(いっかげん)持っている爺さんがしっかり存在していないと、ハルの“心の旅”がうまく完結していかないと思ったんですね。だからあえて、強い口調で一生懸命に語らせていただきました」。

 今田の一言一言が胸にズシンと突き刺さる…それは、役を超えた西田自身の悲痛な叫びにも聞こえたが、実際はどうだったのだろう。「確かにあのシーンは、自分の中から湧き出てきた言葉でしたね。私も今田と同じ福島出身なものですから、どうしても自分の少年時代の思い出などがよぎっていくので、“自分語り”と言ってもいいかもしれない。それに、私の目をじーっと見つめながら話を聞いている世理奈ちゃんの受け皿が大きすぎて、どんどんしゃべりたくなるんですよね。新人なのに受けの芝居がすごい」と絶賛した。

 モトーラ世理奈という天才女優をサポートする両雄、西島、三浦の存在もまた、この映画には欠くことができない。「西島くんとは最近『任侠学園』で共演し、友和さんとは少し前に『アウトレイジ』で共演していて。これはあくまでも映画の中の話ですが、ちょっと危ない関係だったんですね(笑)。そんなお二人と、こんなすてきな作品でご一緒できるなんて、本当に夢のようです。俳優って面白い商売だなって改めて思いましたね」と満面の笑みを浮かべていた。(取材・文:坂田正樹 写真:松林満美)

 映画『風の電話』は全国公開中。