尊敬する指導者『マルコムX』を描くため、スパイク・リーが引き寄せた運命

引用元:CINEMORE

 1992年4月29日、ロサンゼルスの街は火の海に包まれた。記憶に残っている人も多いであろう、ロサンゼルス暴動が起きたのだ。

 交通違反で逮捕された黒人ロドニー・キングが、無抵抗のまま警官に暴行されているビデオが流出、全米で過熱気味に報道が繰り返されていた。警官たちへの判決が下される1992年4月29日、ロサンゼルス市警前には、多くの人たちが集まっていた。その中には、マルコムXのTシャツを着ている人、または「X」とだけ書かれたシンプルなロゴの帽子を被っている人たちが数名いた。実はこの時、スパイク・リー監督の『マルコムX』(92)は、まだ劇場公開前なのである。

 『マルコムX』公開前から、アメリカでは「現象」と呼ぶほどの驚異的な熱狂が黒人たちの間にあった。マルコムXの映画化が決定し、監督がスパイク・リーと決まった時点で、多くのファンは熱狂的となった。撮影前からスパイク・リーは、ファンに会うたびに「楽しみにしている」と言われ、プレッシャーを掛けられた。原作となったアレックス・ヘイリー著「マルコムX自伝」は、大幅に売り上げがアップしていた。それだけの期待が、スパイク・リーの肩にのしかかっていたのだ。

 そして、何という数奇な運命だろう。ロサンゼルス暴動が起きた1992年4月29日、ロサンゼルスのワーナー・ブラザーズでは、関係者を集め『マルコムX』第一回目の試写会が開かれたのだった。

 本作は、ロドニー・キング暴行ビデオから始まる。マルコムXの演説音声とともに、アメリカ国旗である星条旗とロドニー・キング暴行ビデオが交互にスクリーンに映し出され、星条旗が次第に燃え「X」の文字だけが残る。オープニングからとても印象的だ。

 星条旗は、アメリカの愛国心の象徴で、特に軍隊では重要な位置を占めている。アメリカ軍人ジョージ・パットンを描いた『パットン大戦車軍団』(70)のような映画では、アメリカのパワーを象徴するように星条旗は大きく印象的に描かれた。アメリカとロシアの東西冷戦を物語に取り入れた『ロッキー4/炎の友情』(85)でも、勝利を手にしたロッキーの肩には星条旗が掛けられた。

 しかし、スパイク・リーの映画に出てくる星条旗は、それらの映画とは異なり、アメリカの強さを誇張するものではない。本作だけでなくスパイク・リーの他の作品にも、星条旗は度々登場するが、一番最近の作品である『ブラック・クランズマン』(18)では、白黒で逆さまになっている。これについては、ドナルド・トランプへの抗議であるとスパイク・リー自身が話している。もちろん本作での星条旗が燃えるシーンも、スパイク・リーの抗議の1つである。星条旗が燃えても、マルコムXは残るのだ。